第25話

「バカはお前の方だろ!?」


 ちびのっぺらぼうが、俺に向かって何かすごんできた。


 それに、つい反射的に「何で?」と返してしまうと、まさに水を得た魚のごとく、そいつはずかずかと乱暴な口調で言葉を並べ立ててきた。


「だって、そうだろ!?何で人の顔が覚えられないんだよ!それって単に記憶力がないっていうか、つまりバカなんじゃねえか!そんな奴に何で俺達が付き合ってやらなきゃならないんだよ!大迷惑なんだから、バカは学校に来るな!!」


 ここまで言われたのは生まれて初めてだった。一周回って、むしろ小気味いいくらいだった。


 だけど、その小気味よさと同じくらい、やっぱり腹も立った。誰が、誰がバカだって…?


 俺の拙い頭の中で、両親と田室先生の姿がぼんやりと浮かび上がる。顔は相変わらず分からなかったけど、それでもあの三人がこんな俺の為にあれこれといろんな手を尽くしてくれた事も思い浮かんだ。


 俺は、自分の怒りをその偶像にすり寄せた。そしたら、急に三人の事もバカにされたような気がしてきて、どうにも抑え込む事ができなくなった。


 これは、あの時と同じだ。家に親戚だと名乗るのっぺらぼう共がやってきた時に感じたのと――。


「…もっぺん、言ってみろよ」


 俺の右手は、すぐ近くにあった物を掴んでいた。少し重くて引きずってしまえば、女子の「きゃっ…!」という短い悲鳴が聞こえた。


 それには気付かないふりをして、左手も添えて持ち上げた。すると、とたんにちびのっぺらぼう達は「うっ…!」と言葉を詰まらせて、二~三歩後ずさった。


「な、何だよお前…」


 そのうちの一人が言った。何故か、身体が小刻みに揺れていた。


「それで何するつもりだよ…!」


 俺は答えなかった。ただただ、怒りで心の中がいっぱいだった。あの時と同じように、相手が怖がっているという事に全く気がつけなかった。


 だから、持ち上げた物を感情のまま、そいつらに思いきり投げ付けてやろうとした時だった。

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