第22話

三年の時の担任は、田室先生よりずいぶんと体格のでかい男で、たぶん三十代半ばだったと思う。


 チョークからの中途半端な申し送りで、俺の頭の不具合については多少なりと把握はしていたらしいが、それにやたらと几帳面な性格をプラスしてくれたせいで、なかなか面倒なスタートを切ってくれた。


「今説明した通り、垣谷は大変なんだ。だから、今日からこのクラスは出席番号順に座ってもらう事にした。そして一年間、席替えはなしだ」


 教室中に「ええ~っ!?」と不満たらたらな絶叫が響き渡る。


 そりゃそうだ。三年生にもなれば、それなりに仲のいい友達やグループってものができるようだし、どうせならそういう者同士近くに寄り添って毎日を過ごしたいと思うんだろう。俺だって頭が普通だったら、皆と一緒になって不満を漏らしている。


 たった一人、頭に不具合を持ってる奴がクラスメイトにいるってだけで、小学生のささやかな楽しみの一つが一年間確実に奪われるのだ。それがどれだけストレスになるのか、あの男は分かっていないようだった。


「皆、垣谷の為だ。協力をよろしく頼むぞ」


 そう言って、あの男はひどく満足そうにあははっと笑っていた。俺はこいつのあだ名を「ニブチン」とする事にした。






 十分後。大半のちびのっぺらぼうがぶつぶつとよく聞き取れない文句を言いながら自分の席を移動させていく中、俺のすぐ後ろにいた誰かがツンツンと背中をつついてきた。


「垣谷君♪」


 今朝、教室に入ってきた時の甲高い声に反応して振り返れば、次に見えたのは縁とレンズが分厚いメガネ。あいつだと、すぐに分かった。


「…お前、ここなんだ」


 俺がそう言うと、メガネ――圭太はなぜか嬉しそうに「うん!」と力いっぱいうなずいた。


「だって、桐生だからね。垣谷君の次だもん」

「そっか」

「仲良くしようね、いっぱい遊ぼうね垣谷君!」


 そう言って、圭太が俺の方をじっと見つめてくる。


 そんな事を言ってきたのは圭太が初めてだった。そして、そう言う圭太がどんな顔をしながらこっちを見つめてくるのか全く分からなかったので、俺はすぐにそっぽを向いて椅子に腰かけてしまった。

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