第18話

『小学校に入学したら、周りのお友達は胸元に名札を付けているんだよ。だから誰よりも早く文字や数を覚えて、クラスの皆の事を覚えていこう』


 田室先生にそう言われていたから、俺はだいぶ早い時期から読み書きや数を数える特訓をしていた。母さんが根気よく教えてくれたおかげもあって、昇降口の前に貼り出されてあったクラス分け名簿にある自分の名前をすぐに見つける事ができた。確か、一年三組だったと思う。


 一年三組の人数は、俺を除けば全部で二十三人。担任となる先生を入れたら二十四人となる事に、俺は何だか胸の奥がキュウッと痛くなって息苦しくなった。


 そのままの状態で両親と一緒に一年三組の教室に向かうと、扉の前で少し色褪せた灰色のレディーススーツに身を包んだのっぺらぼうが一人立っていた。


「こんにちは、垣谷俊一君とご両親様ですね?」


 のっぺらぼうの口から、掠れた女の声が聞こえていた。スカートを着ていたから女だろうとは分かっていたが、思っていたより年寄り臭い声でびっくりした。


「俊一君の事は校長や病院から話を伺ってます。有意義な学校生活が送れるよう、こちらできちんとお預かり致します」


 淡々とそう言って、年寄り臭いのっぺらぼうは母さんと代わるように俺の手を取った。チョークの独特の匂いが染みついている手だった。


「大丈夫だからね、俊一君」


 この時俺は、両親と同じ言葉を紡いできたそののっぺらぼうを全く信用する事ができなかった。話を聞いているのなら、どうして何か目印になるような物を身に着けてくれてないんだと思ったからだ。


 案の定、一・二年生の担任となったその年寄り臭い声ののっぺらぼうは、ただの一度としてそういった類の物を用意する事なく、俺が三年生に進級した同じ年にあっさりと定年退職していった。


 名前はもう思い出せない、チョークというあだ名を付けて心の中でそう呼び続けていたから。


 そのチョークに手を引かれ、両親と引き離された俺は一年三組の教室に入る。そこには、やたらとかわいらしい子供服に身を包んだ知らないちびのっぺらぼう達がわらわらと蠢いていた。


 ひたすら気持ち悪くて、仕方なかった。

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