第二章 はじめまして
第17話
小学校の入学式当日の事は、まるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。俺はビクビクしながら両親と一緒に校門をくぐっていて、心の中を占めていたのはほとんどが不安といったところだった。
保育園の卒園式の時は、時間をかけて覚えた十数人のちびのっぺらぼうとだけだったから、何とか緊張も興奮もせずに乗り切る事ができたが、今度の数はその比じゃない。新一年生の総数が六十八人と聞いた時は、頭がパンクするんじゃないかと怖くなった。
俺の頭の中の不具合は深刻なもので、それを考慮してくれた田室先生が一度だけ特別支援学級を勧めてくれた事がある。せめて生活や学校のルールをきちんと覚えなければならない一年生の間だけでもと。だが、両親はそれをきっぱりと断った。
「この子なら大丈夫です」
怒りも泣きもせず、母さんはそう言いきったらしい。それを父さんの口から聞いた時、俺はすごく嬉しかった。
しかし、それとこれとは話が別というか。
動物園の時もそうだったが、初めての場所や初めて会うのっぺらぼうに対して、この頃の俺は必要以上に緊張してしまう事が多かった。
特にのっぺらぼうどもの数が多ければ多いほど、そいつらに取り囲まれて押し迫ってこられるような感覚に襲われる。ひどい時には、それに耐えきれずに吐く事もあった。
だから、入学式が始まったらそうなってしまうかもしれないと小刻みに震えだした俺の右手を母さんが、左手を父さんがぎゅうっと握りしめてくれた。
「大丈夫だよ、俊一。何も心配する事はないからな?」
父さんが、即座に言った。続けて、母さんも言ってくれた
「そうよ。お母さん、学校の先生達にちゃあんとお願いしてあるし、クラスのお友達にもお話してもらえるように言ったから、大丈夫よ」
この日も、母さんは赤いスカーフを首に巻いていたし、父さんも例のネクタイピンを付けてくれていた。
卒園式の時、二人は保護者席の一番前を陣取り、父さんはひたすらビデオを撮り、母さんは俺の方にじっと顔を向けてくれていたけど、これから始まる入学式では、保護者は体育館のずっと後ろの方に座らなければならない。それがたまらなく憂鬱(ゆううつ)だった。
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