第15話

出棺の時間が迫ってきた。


 最後に、皆で棺の中に眠っているあいつの傍らを供花くげで飾ってあげましょうと、進行役を担当している葬儀会社の人がマイク越しにそう告げる。すると、席に座っていたのっぺらぼう達がまた祭壇に向かって列を作り出した。


 俺達もその列の中に交じって、順番を待った。あいつの棺は何人かの葬儀会社の人達の手によって祭壇からゆっくりと下ろされ、俺達の視線の先で静かに佇んでいた。


「どうぞ」


 もう棺が目と鼻の先といった所まで来た時、誰かの手が俺に向かって白い菊の花を差し出してきた。


 極力短く切り落とされたのか、葉も茎もない。花弁だけのそれを受け取りながら、こんなんじゃ旅立つあいつには少し物足りないんじゃないかと少し考えてしまった時だった。


「…あなた、もしかして垣谷君?」


 ふいに呼ばれたその声に、つい反射的に顔を上げる。すると、そこにはさっきあいつへの弔辞を懸命になって紡いでいた黒い着物ののっぺらぼうがいた。


 その少しシワの入った小さな手がこちらに差し出されていたので、俺にこの菊の花を渡してくれたのはこののっぺらぼうだったんだなと何となく分かった。


「はい、そうです」


 俺達の後ろにも順番を待っている奴らがいたので、俺はのっぺらぼうどもの列から離れて、黒い着物の前に立った。父さんや母さん、圭太がこちらを窺っているような気配を感じたので、俺は手を挙げて「大丈夫」と言ってから、再び黒い着物を見やった。


「初めまして、あの子の母です」


 黒い着物ののっぺらぼうが、そう言って深々と頭を下げる。俺も「初めまして」と軽く頭を下げた。


「この度は、えっと…」

「いいのよ、無理に言葉を探さなくて」


 こういう時は何て言うべきだったか。昨夜母さんに聞いていたのに、うまくそれが口から出てこなくて、俺は頭を下げたまま動けなくなる。それに気付いてくれたのか、黒い着物ののっぺらぼうがそう言ってくれた。


「本当にいいの。来てくれただけで充分よ」

「……」

「垣谷君の事は、何度かあの子から聞いてたの。あの子の事を理解してくれる素敵なお友達ができたんだなあって、本当に嬉しかったわ。ありがとうね」


 黒いのっぺらぼうの両手が再び伸びてきて、菊の花を持ったままの俺の右手をぎゅっと掴んできた。


 こんなに小さくてシワだらけなのに。娘を喪ってとても悲しいはずなのに、どうしてこんなに力強く俺の手を握ってこれるんだろうと不思議で仕方なかった。

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