第14話



 あいつの告別式は滞りなく進行された。


 焼香を終えた俺達は、何とかホールに並べられた最後尾の席に座る事ができ、残りの参列者達の弔問を待つ。そして、最後の一人が焼香を終えて少し経ってから、祭壇の脇に力なく座っていたあいつの母親らしきのっぺらぼうが用意されていたマイクの前に立った。


「…皆様。本日はお足元が悪い中、娘の為にありがとうございました」


 母さんと同じく黒い着物を着たそののっぺらぼうは、ふらふらと身体を右に左にと揺らしていて、とても危なげな様子だった。それを見かねたのか、セーラー服を着た二人ののっぺらぼうが近くの席から駆け寄ってきて、彼女の両脇からその力の入らない身体を支えてやっていた。


「たぶん、あの人の後輩なんじゃないかな」


 あのセーラー服の二人は誰なんだろうと心の片隅で考えていたら、俺の隣に座っていた圭太が小声で言ってくれた。


「…だろうな。たまに一緒に練習する事があるって言ってたし」

「きっとあの人、ものすごく好かれていたんだね。でなきゃ、あの子達だってあんなに泣いたりは」


 途中まで言いかけておいて、圭太はその言葉をぴたりと止めた。どうしたんだろうと振り向いてみれば、圭太の両手は口元と思しき場所にしっかりと宛がわれている。


 全く…。いったい何回言えば分かるんだか、こいつは。


「大丈夫だよ」


 圭太がまた「ごめん」と言い出す前に、俺は言ってやった。


「いいから、どんどん実況しろ。そんで、俺がまたこの場にそぐわない顔してたら、すぐに言ってくれ」


 そう言ってから、俺は再び前を向いて、あいつの母親の方を見やった。


 母親はセーラー服の二人に支えられて、何とか弔辞の文句を口に出している。俺と同じでやはり信じられないのか、娘のいる祭壇やその遺影を見ようとはしなかった。


「本来なら、今日は娘が楽しみにしていた独唱コンクールの本番でした。ですから、きっと娘の魂はここにはいないと思います。今頃、会場の屋根の上で他の方々の歌に耳を傾けていて、内心悔しがってるかと…、そう思いたいです。負けず嫌いの子でしたから」


 俺も、そう思う。短い付き合いだったけど、あいつには確かにそんなところがあった。


『ちゃんと聴いててよね?私の声、聴き逃がしてたら承知しないんだから』


 あの時そう言ったあいつの声を思い出した途端、「垣谷君」と慌てたような圭太の小さな声が覆い被さっていた。


「ダメだよ、笑っちゃ」


 また、やってしまった。そう思いながら、俺も慌てて口元を真一文字に引き結んだ。

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