第12話

幸い、俺の頭の中の不具合はそれだけにとどまった。


 他の不具合でよく言われるのが、いわゆる文字の読み書きを覚える事ができないとか、方向感覚が乏しくて自分の居場所や帰り道が分からなくなるなどがあるらしいが、きちんと保育園に通えるし、年長組に入って文字の練習を始めた俺を見て、両親はほっと安堵の息を漏らしたという。


 俺はそんな両親を見て、もっと二人を安心させたくなった。だから子供なりに、早い段階から小学校に上がる為の準備を始めた。


 両親や田室先生から聞かされていたが、小学校というものはとにかく保育園よりもたくさんの人がいるらしい。


 そんなたくさんののっぺらぼうに囲まれて勉強したり遊んだりしなくてはならないと聞いたので、俺はそいつらに負けない心を身に付けなくてはならないと考えたのだ。


 その第一段階として思い立ったのが、のっぺらぼう達を区別する事だった。


 保育園の年長組の中にいる同い年のちびのっぺらぼう達は、皆同じ園児服を身に着ける事を義務付けられていたし、しかも保育園の方針に従って年中裸足だった。


 そんな奴らを練習台にして、俺はじいっと見つめる癖をつけ始めた。


 のっぺらぼうに見えるといっても、いつもそう見える訳じゃない。よく目を凝らしてみれば、奴らにもちゃんと目や鼻や口がある事がぼんやりとだが分かる。


 ただ、かなり集中して見ていないといけない。ほんのわずかに気がそれたとたん、ただでさえぼんやりだった輪郭はあっという間に霞がかってのっぺらぼうに戻ってしまうからだ。


 でも、それは「誰であるかを区別する為の練習」にはならなかった。


 何とか目や鼻や口が見えたとしても、俺は皆のそれぞれを理解する事も記憶する事もできなかった。足元を這っているアリ達の見た目がどれも同じに見えるように、誰も彼もが全く同じにしか見えなかった。単なる「見える練習」で終わってしまった。


 途方に暮れた俺は、仕方なく父さんの案を借りる事にした。


 ちびのっぺらぼう達が身に着けている何かしらや、いつも見せている仕草などを完璧に覚えて、それで区別をする。


 そうやって、俺の頭の中の不具合の詳細が判明されてから、保育園を卒園するまでの半年間、俺は毎日の特訓を欠かさなかった。

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