第11話

何度か田室先生の診察と検査を受けた後で出た結果によると、俺の頭の中の不具合はどうも先天性のものであるという事が分かった。


 これは人類の2%が患っているものらしいのだが、その中には不具合自体に気付いていない人も多くいるらしい。


 そうなってくると日常生活、特に他人とのコミュニケーションに多大な不便さを感じる事もあると田室先生は前置きした後で、検査結果を一緒に聞いていた両親に「よく早い段階で気付いてあげられましたね」と言ってくれた。


「しかも、こちらから指導すらしていないというのに、目印を付けてご両親だと区別する方法を思いつくなんて…。俊一君の事を心から思いやって下さって、本当にありがとうございます」


 田室先生がそう言い終わると同時に、俺の隣に座っていた母さんがすぐさまわあっと声を出して泣き始めた。


 この時、田室先生は俺の頭の不具合について事細かに話してくれていたのだが、やっと年長組になったばかりの俺にはまだよく理解できず、ただ彼が母さんを泣かしたのだとしか思えなかった。


「田室先生、お母さんをいじめないで!」


 俺は田室先生の胸元で光る星のバッジをにらみつけながら叫ぶ。すると、母さんとは逆の席に座っていた父さんの手が、ゆっくりと俺の頭を撫で始めた。


「違うよ、俊一」


 父さんが言った。


「田室先生は、お母さんをいじめてるんじゃない。むしろその反対さ、とても褒めてくれてるんだよ」

「嘘だよ。お母さん、泣いてるじゃない」

「嬉しい時でも、涙は出るんだよ」


 これはだいぶ後から知った話だが、この頃母さんはいろんな所で後ろ指を指されていたらしい。


 ほら、あの人が例の子の…。


 いったいどんな育て方したら、あんな変な事を言う子供になるのかしらね?


 虐待でもしてるんじゃないか?


 あの人の子供、病気じゃなかったっけ?可哀想にね~。


 ちょっと変な人達だから、あまり関わるのはやめましょうか…。


 これは、俺が知るほんの一部で、もしかしたらもっとひどい事を言われている可能性がある。


 そんな嘲笑からずっと耐え続け、やっと田室先生という味方ができて「自分達のせいではない」と認めてもらえた事が嬉しくて、この時母さんは泣いたんだ。きっと。


 でも、この時の俺は「嬉しくても泣く」という事もまだ理解ができなかったから、ただ父さんの撫でてくれる手を不思議に思いながら受け入れるしかなかった。


 嬉しくて泣くという事を俺が覚えるのは、これよりずっと先の事。あいつと出会って少し経ってからの事になる。

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