第10話
翌日、俺は真っ赤なスカーフを首に巻いた母さんに連れられて、大学病院へと向かった。
そこの小児科に通され、採血だの検尿だのと普通の検査をひと通りした後で、白衣を着た男ののっぺらぼうが待つ診察室に通された。これが、
「こんにちは、君が垣谷俊一君だね?僕は
そう言って田室先生は、大きくて少しずんぐりとしている右手をぬうっと差し出してきて握手を求めてきた。
あの頃の俺の手より三倍近くは大きかった。だから、うっかり握手しようものなら握りつぶされてしまうんじゃないかと思って、怖くてなかなか応える事ができずにいたら、田室先生は「あっはっは」と大きな声で笑った。
「大丈夫。そんなに心配しなくても、握りつぶしたりしないよ」
「えっ、何で…」
緊張で口を真一文字に引き結んでいたので、そんな事は一言も言ってないはずなのに、どうしてこののっぺらぼうには分かったんだろうと俺は田室先生を見る。彼の白衣の胸元には、星のマークが三つ連なったバッジが付けられていた。
「君がそういう顔をしていたから」
田室先生はすぐに答えてくれた。
「腕の太さや手の大きさは、この病院イチだと自負してるよ。何せ大学までアームレスリング…いわゆる腕相撲の学生チャンピオンだったんだから」
「そうなの!?」
腕相撲の事はいまいちよく分かってなかったが、一番を意味しているチャンピオンという言葉に興奮した。そんなすごい人が先生になってくれるんだと感動にも似た感覚さえ覚えた。
側に付き添ってくれた母さんもその事にはびっくりしたのか、俺と一緒にはあっと息を吐く。それにまた「あっはっは」と大声で笑ってから、田室先生は言葉を続けた。
「これから検査をしていくんだけど、嫌になったりつらいと感じたらすぐに教えてもらえるかな?そして、少しずつ一緒に問題を解決していこう」
田室先生の胸のバッジがキラキラと光る。後で知った話だが、それは重い病で助けてあげる事ができなかった小さな患者さんが、亡くなる数日前に手作りして渡してあげた物だったらしい。
いつだったか、「そのバッジ、とてもよく似合いますね」って言ってあげた事がある。そしたら田室先生は「そうだろう?」と自慢げに胸を張っていた。
俺の頭の中の不具合が確定してからも、彼はそれもあってバッジを外さないでいてくれる。彼は俺にとって、父さんと母さんに続いて信頼できるのっぺらぼうの一人になった。
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