第8話
動物園での事があってから、俺の家の中や周囲の雰囲気はがらりと変わった。
まず幼いながらも俺が最初にそう感じたのは、うちに親戚一同が急に押しかけてきた時だ。さほど広くもない借家に何人もの大人ののっぺらぼうがやってきて、俺を次々と見下ろしていった際のあの怖さははっきりと覚えている。
「だ、誰…!?」
俺がびくびくしながらそう尋ねれば、のっぺらぼうのうちの一人が盛大なため息をついてからこう言っていた。
「ワシすらも分からんのか」
後で知ったのだが、そう言ったのは父方のじいちゃんだったらしい。初孫という事もあって、俺が生まれた時から相当可愛がってくれたようだし、何かにつけてキャラもののおもちゃやら絵本やらを買ってくれていた。
だが、俺はそのキャラの顔すらも判別する事ができず、「気持ち悪い」と一蹴して、それらで遊ぶ事は一切なかった。もっぱらの遊び道具は積み木やブロックばかりで、人というものに関心を持つ事ができない子供だった。
押しかけてきたのっぺらぼう達がいったい誰なのかを全く判別する事も、ましてや理解する事もできなかった俺を横目に、奴らは両親を取り囲んでいろいろ言い始めた。
「ちゃんとした検査を受けさせるべきなんじゃないか?」
「何ですぐに気付いてあげられなかったの?あなた達、それでも親!?」
「あの子の将来を考えてやるなら…」
「何よ、あの無表情な顔。全然子供らしくない」
あの頃の俺にはのっぺらぼう共が何を言っているのかよく分からなかったが、奴らの言葉に両親が力なくうつむいているのが見えて、二人が責められている、いじめられているという事だけは感じられた。
だから、「僕が守ってあげなきゃ」って思ったのに。
「きゃあ!ちょっと、何考えてるのこの子は!?」
のっぺらぼうの一人が悲鳴をあげたので、俺はやったと思った。こうすればいいんだと思って、手にしていた物をそいつに向かって振り下ろそうとしたら、そんな俺の全身を誰かが強く抱きしめて叫んだ。
「ダメ、ダメよ俊一!そんな事しちゃダメ、皆が怖がってるのが分かるでしょ!?」
それは母さんの声だった。どうして母さんがそんなに必死に叫ぶのかよく分からずに、俺がキョトンとしていれば、父さんが俺の手にあった物――包丁をそっと抜き取った。
「怖がる…?お母さん、それって何?」
人の顔を判別できないという事は、その相手の表情や場の空気を読み取る事も難しいという副作用もある、俺の頭の中の不具合。
のっぺらぼう共に見下ろされて「怖い」と思う心はあったのに、誰もが包丁を向けられれば恐怖を感じて怯えるという当たり前の事も知らなかったんだ、あの頃の俺は。
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