第7話
そんなポンコツな俺の両親は、いたって普通の人間だ。
父さんはそこそこいい大学に入って、それなりに株が上昇している商社の営業マン。母さんは同じ会社に同期で入った受付嬢。よくある職場恋愛の末に結婚し、母さんは寿退社、専業主婦になって俺を生んでくれた。
「どこの家にも負けないような、幸せな家庭を築いていこう」
あまりにも月並みすぎるし、何の変哲もないものだけど、父さんはそれを家族のスローガンと決めて、家族の為に頑張ってくれていた。母さんも父さんを内助の功で支え、そして俺を恥ずかしくない人間に育てようとしてくれた。
そんな俺の頭がポンコツだと二人がようやく気付いたのは、さゆりちゃんが引っ越していって少し経ってから。家族皆で、初めて動物園に行った時の事だ。
隣県の動物園で生まれたレッサーパンダの赤ちゃんが一般公開されるというニュースを見て、父さんがレンタカーを借りてきてくれた。片道二時間近くかかったが、休みの日は家に引きこもりがちだった俺が少しでも喜ぶならと、母さん共々思ってくれたに違いない。
だけど、動物園に到着して、そこへの入場チケットを買おうかという時だった。
レッサーパンダの赤ちゃんの前評判が良かったせいか、入場ゲートやチケット販売機の前はたくさんののっぺらぼうであふれ返っていた。俺はあまりもの奴らの多さに恐怖を感じて、身体がすっかり硬直してしまった。
「お、お父さん。帰ろうよ…」
怖くて怖くて仕方なくて、俺は隣に立っていた父さんに声をかけた。その日、父さんは一張羅の茶色い革ジャケットを身に着けてくれていたのだが。
「あはは、大丈夫だよ俊一。すぐにチケット買ってくるからな」
そう言って父さんはチケット販売機の方――のっぺらぼうどもの所へ行ってしまった。俺は、父さんが奴らに食われやしないかと不安で仕方なかった。
それから何十分かして、母さんと手を繋いでいた俺の元にやってきたのは…一人ののっぺらぼうだった。
「二人ともお待たせ!さあ、レッサーパンダの赤ちゃんを見に行こう!」
そののっぺらぼうはやたらなれなれしく俺と母さんに話しかけてきて、しかも俺にぬうっと手を伸ばしてきた。俺は反射的にその手を振り払い、周囲に丸聞こえになるほどの大声で怒鳴った。
「あっちへ行け!このお化け!」
「え…。しゅ、俊一?」
「お父さんをどこへやったんだよ!返せ!お父さんを返せよ、返せってば!!」
「俊一、どうしたの!?よく見て、お父さんじゃない」
俺と手を繋いだままの母さんの慌てる声が聞こえてくる。俺は、母さんがのっぺらぼうにだまされていると信じて疑わなかった。だって。
「違うよ、お母さん。お父さんは茶色い服を着てた!こいつは着てないから偽者だよ、しかものっぺらぼうだ!!」
この時、父さんは暑気めいた気温にがまんがきかなくなって、ジャケットを脱いだ上で腕にかけていた。たったそれだけの事で、俺は親の顔すら判別する事ができないポンコツなのだと二人は知る事になった。
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