第6話
「俊一君、まだおめめとお鼻とお口が残ってるよ?さゆりちゃんのお顔、最後までちゃんと描いてあげようね」
「え?何で?」
この時、俺は心底不思議で仕方がなかった。
おめめとお鼻とお口と言われても、その頃にはもう俺の周りにはのっぺらぼうしかいなかった。どこを向いても、先生が言うようなおめめとお鼻とお口がある奴なんかどこにもいなくて、さゆりちゃんだって例外じゃなかった。
だから、見たままにクレヨンを走らせたのに。さゆりちゃんは喜んでくれると思っていたのに。
「ほら、よく見てあげて」
先生は、泣きじゃくっているさゆりちゃんの涙をハンカチで拭ってあげながら言った。
「今、先生がハンカチを当てている所がさゆりちゃんのおめめよ。ぱっちりしていてかわいいでしょ?」
よく見てと言われたから、俺は時間をかけて、ゆっくりとさゆりちゃんの『そこ』を見た。そしたら、急に『そこ』にギョロギョロと動いている真っ黒な丸が現れて、その丸の周りから幾筋の水がちょろちょろ漏れているのが見えた。
今ならその真っ黒な丸は目の眼孔で、漏れていたのは涙だったんだと分かる。でも、その時俺は、初めて見たそれらに動揺してしまって、こんなひどい言葉を言ってしまった。
「何それ、さゆりちゃんの『そこ』気持ち悪い!」
「わあああん!」
さゆりちゃんは、その日は母親が迎えに来るまでずっと泣き続け、翌日からはもう俺と一緒に遊ぼうとはしなかった。そして、その何ヵ月か後には、父親の仕事の都合で遠くに引っ越してしまった。
今は、あの時さゆりちゃんが、俺の無神経な言葉に心が傷付いて泣いていたんだろうって事は分かる。だが、どんな顔をして泣いていたのかは、まるで分からない。思い出せないのではなく、分からないんだ。
だから、ごめんさゆりちゃん。
もし、何かの拍子で再会できたとしても、俺はあの時の事を謝る事はできない。そして何より、さゆりちゃんに気付く事すらできないと思う。
俺の頭の中の不具合はずっと続いているし、俺の周りにいるのはずっとのっぺらぼうだけだから。
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