第5話



 俺の頭の中は、生まれつき不具合を起こしている。


 俺が初めて自分の事をそう認識したのは、保育園の頃。四歳だったから、たぶん年中組だったと思う。


 ある日のお遊戯の時間、皆で大好きなお友達の顔を描いて見せ合いっこしましょうと担任の先生が言った。すると、一人の女の子が俺の腕をぐいぐいと引っ張って言ったんだ。


「しゅんいちくん、いっしょにかこう」


 確か、その女の子の名前はさゆりちゃん、だった。長い髪をツインテールに結って、いつもそこにピンクのリボンをくっつけてるおませな女の子だったと覚えている。


 さゆりちゃんは、いつも一人で遊んでいた俺によく声をかけてくれたり、俺の園児服のずれたボタンをかけ直してくれたりと、おませなだけじゃなくて面倒見もいい子だった。今思えば、俺の事を好きだったんじゃないかとうぬぼれにも近い想像ができる。


 そうでなければ、あの時さゆりちゃんは大泣きなんかしなかったはずだから。


「うわあああん!」


 お絵描きをし始めてだいぶ時間が経った頃、さゆりちゃんが俺の絵を見たいと言って覗き込んできた。それから何秒も経たないうちに彼女は目に涙をいっぱいためて泣き始めたので、担任の先生が慌てて駆け寄ってきた。名前は忘れたけど、花柄のエプロンがよく似合う女の先生だった。


「さゆりちゃん、どうしたの?」

「せんせー、しゅんいちくんが~!」


 さゆりちゃんの指は、まっすぐに俺の描いた絵を差していた。


 担任の先生もひどく驚いてたと思う。俺が描いていた絵の中のさゆりちゃんは、目も鼻も口もないのっぺらぼうだったんだから。


「俊一君?これ、どうしたの?」


 先生も俺の絵を指差して尋ねてくる。


 さゆりちゃんのいつものツインテールもお気に入りのピンクのリボンも、身体だってちゃんと描けているのに、顔の中身だけ何も描いていないまま、ミミズがのたくったような文字で『さゆりちゃん』と書いて「できた」なんて言えば、誰だって変に思う。


 案の定、先生は「俊一君、まだ完成じゃないよ」と優しく促してくれた。

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