第4話

十分ほどして、俺達はあいつの祭壇があるホールの中へと足を踏み入れた。


 俺達より先に来たのっぺらぼうどもがホールの席を陣取っていて、読経の中、順番に立ちあがっては焼香をしていく。席に座れなかったのっぺらぼうどもは、ホールの真ん中あたりに並んで順番を待っていた。


「並びましょう」


 母さんの声に従って、俺達もその列に並んだ。少しずつ列が進んでいくたびに、あいつの祭壇が近付いてくる。


 祭壇は、真っ白な菊の花で埋め尽くされるように飾られていた。確かに、あいつは白いワンピースをよく着ていた。白は太って見えるとかって何かで見た事あったが、着やせするタイプだったのかあいつに限ってはそんな事はなかった。


 ワンピースと同じで、あいつらしいじゃないかと思っていたら、ホールの席に座っていたのっぺらぼうどもの誰かの声が聞こえてきた。


「何だ、あのガキ。何でこんな場で笑ってるんだ」


 視線が突き刺さる。ヤバい、たぶん俺だ。父さんと母さんの焦ったかのような息遣いも聞こえた。


 ダメだ、歯を食いしばっていよう。そんなつもりじゃなくても、そう見えてしまうんだから。


「垣谷君、大丈夫?」


 また、圭太の心配そうな声が聞こえてきた。俺は自分の失敗を確認してから「ああ、悪い…」とだけ告げた。


 俺達の順番は、それから少ししてやってきた。


 大きな読経の声と、ゆっくりと漂ってくる抹香まっこうの匂い。そして、すぐ目の前にあいつが入っている棺と大きな遺影があった。


「あ…」


 焼香台から抹香を摘まもうとした手が思わず止まり、俺は遺影を見上げる。


 あいつの写真を見るのは初めてだった。この場にはふさわしくないが、もしかしたら何かしらの奇跡が起こって、のっぺらぼうの国の王子様の俺でも、せめてあいつの遺影だけでも見る事はできるんじゃないかと思っていた。


 でも、ダメだった。俺には、やっぱり分からなかった。


「なあ、圭太」


 隣で抹香を香炉に落としている圭太に向かって、俺は小声で話しかけた。


「教えてくれよ。あいつ、どんな顔してるんだ…」


 圭太はすぐに答えてくれた。「とてもいい笑顔の遺影だよ」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る