第3話
「お前の方こそ大丈夫か?」
圭太の方を振り返る。圭太の学生服の右袖には、これから告別式に向かうには全く不釣り合いでしかない黄色の蛍光色を放つ防犯ワッペンが巻き付けられている。
その上、本当はコンタクト派なのに、分厚いレンズのメガネまでかけてくれていた。俺の為に。
「う、うんっ…」
また、ずずっと鼻を啜る音が聞こえた。きっと泣いているんだろう。圭太の身体が小刻みに震えてるのが、狭い後部座席で触れ合っている肩越しに伝わってきた。母さんも気付いているに違いない。
「ごめん、垣谷君。僕ばっかり泣いちゃって…」
圭太が言った。謝る事はないのに。
「いいよ。俺の分まで泣いてやれよ」
そう言って、俺はまた窓の向こうのどしゃぶりに目を向けると、助手席の父さんの切なそうなため息の音が聞こえてきた。
何十分かして、タクシーは斎場のすぐ前に停車した。ひどい雨粒に当たらないように素早く降りて、そのままホールの入り口をくぐると、思っていた以上の参列者の数の多さに一気に気持ちが悪くなった。
「うっ…!」
どれもこれも同じ真っ黒な服を着込んだのっぺらぼうどもが、ホールいっぱいに立ち並んでいる。やっぱり人の多い場所は苦手だ、どうしても吐き気がしてくる。
「俊一、大丈夫か!?」
口元を抑えて屈んでしまった俺を心配する父さんの声が聞こえる。どこだ、どれが父さんだ?
何とか顔を持ち上げて、俺の前に回り込んで来てくれた父さんを確認する。他ののっぺらぼうと同じ真っ黒な喪服スーツだけど、特徴のある花の形のネクタイピンは確かに父さんのものだ。
「うん、大丈夫。圭太もサンキュ…」
圭太も素早く俺に肩を貸してくれたし、普段は首に巻いている赤いスカーフをハンカチのようにして持っている母さんも確認できた。もう、大丈夫だ。
「行こっか」
俺がそう言うと、父さんは「記帳を済ませてくる」と言っていったん俺達から離れる。記帳台はホールの入り口よりさほど離れていないというのに、のっぺらぼうどもの波に入っていった父さんをもう見分ける事はできなかった。
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