第2話



 あいつの告別式の日は、涙雨なんて言葉じゃ覆いきれないくらいのどしゃぶりに見舞われた。


 郊外にほど近い市営斎場に中型タクシーで向かった。俺と、父さんと母さん、それから圭太けいた。父さんはじいちゃんの時と同じ真っ黒な喪服スーツを着て助手席に、黒い着物を着た母さんと学生服の俺と圭太が後部座席に並んで座った。


 正直、まだ実感はなかった。


 あいつと最後に会ったのは、確か三日前。一学期が終わって、明日からいよいよ夏休みって日。学校の校門の前であいつが待っていて、バスの停留所まで一緒に歩いた。


『明日から夏休みだね』


 心底嬉しそうに言っていたあいつの声が、鼓膜の奥に沁み込んでいる。


『次のコンクール、絶対聴きに来てね。三日後よ、忘れないで』


 晴れるといいなあ。雨だと、降ってくる音がちょっと気になっちゃうから。


 そう言葉を続けて、俺の隣で空を見上げていたあいつ。それと同時に俺が乗るバスが来た。俺は適当な返事をしながら、入り口の開いたバスに乗り込んだ。


『私の出番は十時だから』


 そう言いながら、あいつが手を振ってくる。あいつの乗るバスは、次に来る奴だった。


 分かった分かった、本番でとちるなよ。


 俺がそう言うと、バスは独特のブザー音を鳴らして入り口のドアを閉め、ゆっくりと発進させた。あいつはバスが角を曲がって見えなくなるまで、ずっと手を振って見送っていた。


 だから、いまだに実感が湧かない。この何分か後にあいつはいつものバスに乗った。そして、いつも通り家に帰り、今日のコンクールに臨んでいるはずだったのに。


 どしゃぶりの雨は、斎場へと向かうタクシーの車体をビシビシと打ち付ける。右から母さん、圭太、そして俺の順に並んでいたので、俺は左側の窓の向こうからやってくるそれをぼうっと見やっていた。すると、突然圭太が話しかけてきた。


垣谷かきたに君、大丈夫…?」


 とても弱々しく、ずずっと鼻水を啜る音も混じった声色だった。聞いているこいつの方が大丈夫なのかと思えるくらいのか細さもあった。

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