第58話

「もう、大丈夫だから……」


 正也が言った。


「もう、何も気にしなくていい。もう、大丈夫。大丈夫だからな……」

「あっ……」

「十六歳の誕生日おめでとう、綾奈」

「正也さん。あなたこそ、おめでとう……」


 正也の声に正気を取り戻したのか、綾奈の美しい黒髪のうねりがゆっくりと治まり、柳の葉のように静かになびく。


 そして、鱗だらけの胴体を優しく正也に巻き付けると、そっと顔を近付けて頬ずりをした。


「こんな妹でごめんなさい……」


 綾奈が言った。


「ごめんね。ごめんなさい、お兄ちゃん」

「謝んなって。聞き飽きたから……」


 ああ。やっと、あの夢の続きを知る事ができた。やっと、お前の言葉を最後まで聞く事ができた。正也はふっと淡い笑みを浮かべた。


 炎と黒煙は、完全に二人を取り囲んでいた。逃げ場はもうどこにもない。二人は、その時をただ静かに待った。


「なあ、綾奈……」

「なあに? お兄ちゃん……」

「もし、今度生まれ変わったら」


 そこから先を、うまく言葉にできたかは分からない。だが、正也は願った。


 もし生まれ変わる事ができたなら、綾奈に何の代わり映えもしないあの町並みをじっくり見せてやりたい。


 優斗とか、他にも何人かの顔見知りと軽い挨拶を交わして、夕暮れの中を二人で一緒に家へ帰りたい。


 そして、玄関先で出迎えてくれるだろう父さんと母さんに向かって、二人で一緒に「ただいま」と言いたい……。


 そんな幸せな光景を思い描きながら、双子の兄妹は炎と黒煙の中、静かに寄り添い続けていた……。

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