第54話

ズルッ、ズルゥッ……。


 ヌチャ……、シュルシュルシュル……。




 祭壇の奥から、何かが這いずり回っているかのような物音が聞こえてくる。それと同時に鋭い眼光のようなものが正也の全身を貫き、ぞくりと強い悪寒に震えた。


 抱えていた親友と父親をそっと床に置いて、正也はその音がした方をゆっくり見やる。そして、直後に大きく息を飲んだ。


 目の前にいたのは、巨大な蛇だった。


 胴体から尻尾の先まで爬虫類特有の青黒い鱗をまとい、ぬめりを帯びた光沢を放つ事で正也の顔を鈍く照らしている。そんな尻尾が螺旋を描くように床を這うたび、先ほどから耳に届く――鱗の擦れる音が不気味に響いた。


 だが、正也は恐ろしいと感じる事はなかった。むしろ、ひどくつらくて悲しかった。


 何故ならば、四肢のないその蛇の頭だけは爬虫類のものではなく、人間の――小鳥遊綾奈の形をかろうじて保っていたからだ。


 だが、腰まで美しく伸びていた彼女の漆黒の髪は、まるで意思を持ったかのように宙にうねり、正也の方に向かって伸びてこようとしている。首から下はすでに鱗だらけになってしまっているので、ほくろの一つもない滑らかな肌の面影は、もうどこにもなかった。


 まだ幼さが残っていたあの顔つきも、大きく耳のあたりまで裂けた口と、それこそ本物の蛇のように細長く尖ってしまった瞳孔を覆う灰色の目のせいですっかり消え失せている。その口から絞り出すように出てくる唸り声はとても低く、呪詛のようにこだました。


「何だよ、それ……」


 今にも襲いかかろうとしている巨大な蛇を見上げながら、正也がぽつりと言った。

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