第51話



 ……頭が、痛い。それに何だ、この臭い。気持ち悪くて吐きそうだ。


 ゆっくりと浮上し始めた意識の中で、正也はそんな事を思う。


 実際どこかで打ち付けたのか、後頭部のあたりがひどく痛むし、息を吸い込むたびに胸のムカムカが回って、舌の上を胃酸の味が走った。


 それでも何とか両方のまぶたをこじ開けて視界を広げると、自分の身体が先ほどのビジネスホテルとは違う別の場所の床に転がされている事が分かった。


 拘束はされていなかった。放り出されたかのように横になっている今の自分の状況に、思わずほっとする。


(とにかく、今はここから出ないと……)


 そう思いながらゆっくりと首を動かしてみると、正也が転がされている位置をちょうど中心とした大きな一つの円が床一面に描かれている事に気が付いた。


 その大きく丸い円の内側には、とても複雑な模様が装飾のように施され、さらにはその円を取り囲む形で判読不可能な文字の羅列がびっしりと書き連ねられている。


 そして、先ほどから漂ってくるこの気持ち悪い臭い……。


 いったいどこからだとあたりを見回してみれば、部屋の四隅に置かれた赤いロウソクが目に留まる。その赤いロウソクからゆらゆらと立ちのぼる煙のせいだと分かった瞬間、正也は思わず顔をしかめた。


 昔、一度だけ葬式に参列した事があった。近所に住んでいた人のいいおじいさんで、智彦共々よくしてもらえたので、火葬場まで彼を見送った。その時、煙突から出ていた黒い煙の臭いとそれが、全く同じなのだ。


 まさか……と、嫌な考えが頭をよぎった時だった。


 ふいにカツン、カツン……といくつもの足音が床に響く音が聞こえてきた。正也は横になっていた身体を素早く跳ね起こし、そのままの勢いでさっと身構えた。

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