第44話
智彦の言葉に耳を貸さず、首を何度も横に振りながら綾奈は感情のままに叫ぶ。彼女の腰まで届く長い黒髪がバサバサと揺れた。
あまりに叫び続ける彼女を、智彦と優斗は何とか宥めようと同時に手を伸ばしかけたが、ふとした瞬間に異様な気配を感じてその手が止まった。よく見れば、綾奈の髪の揺れ方が異様におかしかった。
何だか、ざわざわと波打つような音と共に、彼女の髪の先端がうねり出す。
用心の為に窓は閉めているので、風が入り込むはずはない。だが、不規則かつ不気味な動きで長い髪は生きているかのようにうねり、動き出していた。
「……まさかっ!」
智彦は腕時計を見た。いつの間にか、午前零時を回っている。正也と綾奈の十六歳の誕生日となっていた。
「綾奈! くそっ、優斗君! 君は今すぐここから出て……」
この状況はまずい。
そう判断した智彦は、優斗だけでも逃がそうと彼の方を振り返った。
その次の瞬間。
ズルッ、ズルゥッ……。
ヌチャ……、シュルシュルシュル……。
何かが這いずり回っているような、聞き慣れないおぞましい物音が智彦の耳に届く。そして、智彦の目には、自分の背後にあるものに戦慄して顔を大きく歪ませる優斗の姿が映った。
「お、おじさ……」
恐怖で声が出ない優斗が、やっとそう言った時、二人の身体に何かが幾重にも巻き付いた。それはあっという間に首へと到達し、何の躊躇もなくすさまじい力が込められる。
バキィッ!
先に折れたのは、優斗の首だった。それを見た智彦の瞳孔も既に開ききっている。
最期に智彦が走馬燈で見た光景は、あの日、嬉し泣きをしながら自分の元へと戻ってきた妻と、生まれ変わった娘の姿だった……。
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