第40話

そんな彼らに対して発せられた槙村の返答は、二人にとってあまりにも残酷なものだった。


「大変、酷な事を言いますが……、様々な部分が足りていない妹さんは、もってあと数日の命かと思われます。そして、今の結合したままの状態で妹さんが亡くなれば、お兄ちゃんの命も保証しかねます」


 そして槙村は、もう永くない妹の命を犠牲にする事を前提とした分離手術を提案した。


 その際、兄の背中には大きな傷跡が残ってしまうだろうが、幸い双子の背骨はくっついていなかったので、運動機能の障害はないだろうという判断がついた上での結論だった。しかし、静枝は二人とも助けてくれと泣き喚いた。


 智彦は唇を噛みしめて、妻の悲痛な叫びを聞いていた。自分も同じように泣き叫びたいし、みっともないくらいに懇願したい。


 だが、彼の言う通りだ。ここで二人とも死なせるよりはと、智彦は苦渋の決断を下し、嫌がる妻を説き伏せて分離手術を承諾した。


 二日後に分離手術が行われ、槙村の執刀により、双子は容赦なく引き離された。兄の背中には大きな傷跡が残り、妹は分離されてから一時間後、静かに息を引き取った。


 妹の遺体は槙村によって清潔な白い布に覆われ、静枝の手に渡された。それを、彼女は退院前日となった今日まで片時も離さずに抱きしめ続けていた。


「どうしてなの……?」


 窓辺から少し離れた所にある、小さなベビーベッド。


 その中で、一人分の身体を持てるようになった双子の兄・正也が空腹を訴えてぐずり始めている。そんな泣き声を聞きつけたのか、智彦が個室のドアを開いて中に入ってきた。


「……静枝、授乳の時間だぞ」

「うん。でも、正也に会わす顔がなくて……」


 正也が泣いているのは、きっと空腹のせいだけではないはずだと静枝は考えていた。


 きっと、まだ抜糸も済んでいない背中の傷が痛くてつらいのだろう。


 そして何より、片割れを永遠に失った事への悲しみにくれて、泣いているに違いないと。

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