第39話



 十六年前。その日も、朝から激しい雨が降り続いていた。


 とある病院の個室。その窓辺で、紫藤静枝(しどうしずえ)という名の女が、それを生気の抜けた表情でぼうっと見つめている。彼女の両腕には、白い布で覆われた一つの小さな塊があった。


「どうして、どうしてなの……?」


 バババババッと大雨が窓を叩き付ける音以外は何も聞こえないその個室で、静枝がぼそりと呟く。同時に腕の中の塊を愛おしげに抱きしめたが、それが動く事はなかった。


 先日、生まれてきた子供達と初めて対峙した瞬間、静枝は自分の気が狂ったとしか思えないほどの奇声をあげた。それだけ子供達が生まれ持ってきたありえない姿に愕然としたし、己の不甲斐なさを嘆いて責めた。


 やれる事は何でもやってきた。


 五年も望んで、やっとできた赤ちゃん。胎教にいいとされたものは片っ端からやってきたし、どんなに体調が悪くても、薬は一切口にしなかった。


 健康で見目麗しく、将来はどんな事でも立派にやりこなせる素敵な人間に育ってくれるようにと、ひたすら願い続けて出産に臨んだのだ。


 それなのに、担当医の槙村の口から発せられたのは『結合双生児』という言葉だった。


 『シャム双生児』という呼ばれ方でも知られるその症状は、五万から二十万出生あたりに一組の割合で発生すると槙村は説明した。そして、受精卵の分裂が遅れると結合双生児が生まれやすくなってしまうが、それは決して静枝の自己管理がどうとかの問題ではなく、この子達の運命がそうだったと言わざるを得ないとも話した。


 静枝の子供達は、結合双生児としては異例とされる男女の双子だった。


 兄とされた男の子は五体満足であり、内臓もひと通り揃っていたが、妹とされた女の子の状態はひどいものだった。


 何がどうしてこうなったのか……、彼女には手足どころか、胸より下は何も存在しなかった。そこから先は、兄の背中の皮膚を貫き、食い込むような形で結合していたのだ。


 心臓と肺は確認されたものの、その機能は極めて弱く、その他の内臓は全くなかった。背骨も途中で形成が止まり、結合部分ギリギリの所までしかなかった。彼女は生まれてすぐ死んでいてもおかしくなかったのである。


 それでも、彼女は生きようとしていた。ほぼ健康体に生まれてきた兄の側に寄り添うように、唯一動かせる首を懸命に伸ばしてすり寄る。その姿を見た静枝と、夫で子供達の父親である紫藤智彦は同じ事を願った。


 どうか奇跡が起こって、二人とも助かってほしい。二人とも大きくなってほしい。


 早期の分離手術を勧めてきた槙村に、彼らはその旨を伝えた。ある程度の障害が残るだろう事の覚悟も伝えた。特に妹の方にそれが顕著に現れるだろうが、兄と変わらず大事に育てるという強い意志も見せた。

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