第37話



「意外と早かったね。今日ひと晩くらいは悩みそうだと思っていたが」


 優斗が呼んでくれたタクシーを使って、正也がベッドタウンに戻ってきたのは、それから三十分ほどが過ぎた頃だった。


 この町にビジネスホテルと呼べるものは一つしかない為、運転手に伝えれば一度も迷う事なく送ってもらえたが、その正面入り口の前に立った時、正也は「変だな……」と、少し自嘲の笑みを浮かべた。


 つい先ほど教会から逃げ出した時は、得体のしれない暗闇とフルレングスローブを纏った連中におぞましさと寒気を感じていたというのに、まるで何事もなかったかのように灯り続けている町の光に、今は少なからず安心してしまっている。まだ何も解決した訳でもないのに……。


「よし」


 意を決して、正也はビジネスホテルの入り口をくぐった。


 幸いにもまだ施錠される門限に達していなかったので、フロントのカウンターに顔を出した係の者に言付けを頼み、あの男を呼び出してもらおうとしたのだが。


「ああ。槙村様のお連れ様ですね、伺っております。四〇三のお部屋へどうぞ」


 と、満面の笑みで案内を受けた。


 必ずやってくるだろうと見越して、二人分の客室を取っていた槙村の用意周到ぶりに嫌気が差すものの、正也は案内された部屋へと向かう。


 そして、その部屋のドアをやや乱暴にノックすれば、開かれた先に槙村の嫌な笑みがあって、先述の言葉を浴びせられた。


「ちょっと残念かな。ここのモーニングサービスは絶品だと聞いていたからね」


 ゆっくりドアから離れた槙村が、あごをくいっと動かして部屋に入るよう促す。つばを一つ飲み込んでから、正也は後に続いた。


 逃げる気になったら尋ねてくるようにと言った言葉は本物だったようで、ダブルの客室に置かれた彼の荷物は小さなスーツケースのみだ。


 それが開けられた様子は一切なく、槙村は二つあるベッドのうちの一つに浅く腰かけると、「さて、奴らに見つかる前に行こうか」と声を発した。

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