第36話
「待てよ、正也」
階段を駆け降り、リビングに続く廊下に差しかかったところで優斗は正也に追いついた。その長い腕をがしりと捕まえて、「落ち着けって」と言葉をかける。
「いまだに状況が掴み切れていない俺が言うのも何だけどさ。こんな時まで女の子にヤキモチ妬くなよ、いい男がみっともないぜ?」
「そんなんじゃない。それ以前の問題っていうか……いろんな事が気に食わないだけだ」
「気に食わない?」
「ああ」
こくりと大きく頷いてから、正也は優斗の手を軽く振り払って、すぐ側にある壁に背中を預けながら腕組みをした。
そうだ、何もかもが気に食わない。自分の知らない所で、自分の知らない事があまりにも多く起こりすぎている。そして、その事を誰も自分に教えようとしてくれな……。
「いや、違うだろ」
正也の口から、そんな言葉がぽつりと出た。
怒りが先立つあまり、つい勝手に決めつけてしまうところだったが、よく考えれば一人いたじゃないか。
あの者を頼るのはかなり不本意ではあるが、今のこの状況に至るまでの経緯を深く知っているはずだ。
正也はズボンのポケットに入れていたスマホを取り出す。あの騒ぎでどこかにぶつけてしまったのか、液晶画面には幾筋ものヒビ割れが入っているが、何とか機能は生きていたし、時刻も見る事ができた。午後九時に差しかかろうとしているところだった。
「優斗」
ボロボロのスマホを再びポケットに入れ直すと、正也は優斗の方を向いて口を開いた。
「いきなり押しかけてごめん。でも優斗は全くの無関係だから、逆にここが一番安全だと思う。さらに悪い事言うけど、今日は父さんとあの子をここに泊まらせてやってくれ」
「え……、今日は親父もお袋もいないから、俺は構わないけどさ。お前はどうすんだよ?」
「ちょっと行く所ができた」
近くのビジネスホテルに泊まると言っていた。今から急いで向かえば、施錠される門限までには間に合うかもしれない。
短く答えて、正也は玄関へ向かおうとする。その背中を視界の中心に捉えた優斗は、再び「待てよ」と彼を止めた。
「こんな時間に、その背中がパックリ裂けてるようなYシャツで出かけるのか? 途中で補導されても文句言えないぞ」
ちょっと待ってろよ、と付け加えた数分後、優斗は自室から替えの服を持ってきた。
「おじさんとあの女の子の事は任せとけ、ちゃあんと見ておくから。それとその服、結構気に入ってんだ。きちんと洗って返せよな」
そう言って、優斗はいたずらっぽく笑った。
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