第三章 契約当日

第35話

「……で、俺のうちに来たって言うのか?」


 約二時間後。正也達は、教会より五キロ以上離れている隣町の中で静かに佇む田崎優斗の家を訪ねていた。


 教会の周囲は不気味な暗闇に支配されていたというのに、この隣町に入ってすぐ目の前に広がった温かい町並みの光に、正也は思わず安堵のため息を漏らした。


 だから、そのままの勢いで親友の家まで来てしまったのかもしれないと、今頃になって後悔の念が押し寄せてきた。


 玄関の扉を開けた瞬間、夏の暑気のせいだけとは言えないほどに汗だくで、ぜいぜいと大きく息を切らす三人の訪問者の姿を見て、これはきっと只事ではないと察してくれたのだろう。


 優斗もその場では何も言わずに三人を家の中へと招き入れてくれたが、二階の自室に通した後で正也の口から事の顛末を聞かされれば、どこか腑に落ちない表情を浮かべて彼を見つめ返した。


「久しぶりにおじさんにも会えたっていうのに、二人していきなりそんな話を聞かされてもな。本当に、その子が狙われてるのか?」


 ふう、と短くため息をついてから、優斗は部屋の隅で小さくなってしまっている綾奈に視線を移す。


 あれから綾奈は全く泣きやむ事なく、両腕で自分の身体を抱えるようにしながら、何度も何度も「ごめんなさい」の言葉を繰り返し呟き続けていた。


「私のせいで、おばさんが……。江嶋さんまで奴らに……」

「奴ら? 君、襲ってきた相手の事知ってんの? だったらここより、警察行った方が」

「それはダメだ」


 優斗の言葉を邪魔したのは、智彦の強い口調の拒絶だった。


 正也と優斗がほぼ同時に振り返ると、彼はぶるぶると震えが止まらないでいる綾奈にそっと近づき、その両肩を抱きしめるように包み込んでいるところだった。


「静枝に誓ったんだ」


 智彦が言った。


「静枝にもしもの事があった時は、俺がこの子を必ず守ると……」

「父さん、今はそんな事を言ってる場合じゃ」

「それに、奴らは警察など恐れていない。そんな概念など持ち合わせていないんだ」

「どういう事だよ? 父さんもあいつらを知ってるのか!? いったい、何が起こってるんだよ!?」

「……」

「父さん!」


 正也が身を乗り出して問いただそうとするも、智彦はもうそれ以上口を開こうとしなかった。ただひたすらに綾奈の側に寄り添い、その小さな身体を腕の中に包み込むのに必死になっていた。


「くそっ……!」


 心の底からふつふつと怒りがこみあげてきて、正也は勢いよく立ち上がると優斗の自室から足早に出ていく。それを見て、優斗が慌てて後を追いかけた。

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