第30話
「ああぁぁっ! わああぁぁぁっ!」
バタバタと、ワンピースの裾が波打つほどに綾奈は暴れた。
物静かで心地の良かったソプラノの声はあっという間に金切り声に変わり、彼女に全く似つかわしくない激情を表している。
両目からぼろぼろと涙を流しながら、何もない所に向かってバスケットを振り回すという奇妙な行動に、正也は一瞬呆けてしまって止める事ができなかった。綾奈に対して、ここまで激しい一面があるとは思いもしなかったせいかもしれない。
「出てきなさい、この卑怯者! 声だけじゃなくて、ちゃんと姿を見せなさいよぉ!!」
息切れと涙で言葉を詰まらせながら、綾奈は叫んだ。とても悲痛な表情と声色だった。
「返してっ……、返してよぉ!」
「お、おい。あんた……」
「返してよ、おばさんをっ……! 正也さんのお母さんを返して! この人殺しぃ!」
人殺し。その単語を聞いた瞬間、槙村によって植え付けられていた正也の中のもやもやが、確かな形へと変わってしまった。
『彼女は受けるべき報いを受けて、とても無様に死んでいったようだよ?』
頭の中で、槙村の言葉が蘇る。
この目できちんと確認した訳でもないのに、急にリアルに感じてしまって、それが正也の頭の中をガンガンと叩いていく。どんどんと広がっていく。そして、ゆっくりと占めていく……。
「なあ、冗談だろ……?」
正也の呼びかけに、綾奈は応えない。ただひたすら叫び続け、バスケットを必死に振り回し続ける。
そんな騒ぎを聞きつけたのか、礼拝堂の奥に繋がる母屋の方からバタバタと駆けてくる二人分の足音が聞こえてきた。
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