第29話

「ま、正也さん……」


 その声は、綾奈の耳にもしっかり届いているのだろう。彼女の顔は急激に青ざめ、じんわりと汗をかき始める。それと同時に、その小柄な全身がカタカタと震え始めた。


 その間も、声は絶える事なく続いた。




「見つけた、見つけた」


「とうとう見つけた、こんな所にいた。ついに見つけた、見つけたぁ……!」




 一人や二人の声ではなかった。姿は見えないというのに、まるでたくさんの人数が少しずつ二人の周囲を取り囲んで、この不気味な言葉を紡ぎ続けているようだ。


 何だ、いったい。どこから聞こえてくる!?


 限りなく恐怖に近い気味悪さを感じながら、正也が大きくつばを飲み込んだ時だった。


「とうとう、奴らに追いつかれたんだ……」


 延々と繰り返し続いている「見つけた」という言葉の隙間を縫って、ぽつりと呟かれた綾奈の言葉。


 それはあまりにも小さい声で、「見つけた」ばかりに気を取られていたら、絶対に聞き取れずに流していたであろうくらい、儚くもあった。


「おい……?」


 すぐ目の前にいる少女に向かって、正也は声をかけてみる。彼女は正也の声に反応せず、両手のこぶしをぎゅうっと悔しそうに握りしめた。


「よくも、よくもっ……」


 声が震えている、まさか泣いているのか?


 正也がそう思った直後だった。


 それまで彼の正面に立っていた綾奈がぱっと動き、先ほどまで座っていた長椅子まで駆け寄っていく。


 そして、そこに置きっぱなしにしていたバスケットを手に取ると、突然大声を発しながら振り回し始めた。

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