第28話
「じゃあ、あいつはどこ?」
「えっ?」
「今、あいつはどこにいるんだ?」
「それは……」
まただ。すぐに「ごめんなさい」と謝ってしまうものとは別にある、もう一つの彼女の癖――答えにくい質問が来ると、すぐに相手の顔から視線を逸らしてしまう。
案の定、綾奈はそれ以上何も答えようとせず、逸らした顔をそのままに立ち尽くす。そのせいで、正也の中で槙村の言葉がどんどん現実味を帯びていく。
何だよ、何でもいいから答えろよ。あのじいさんの言っていた事なんて、全部でたらめだったんだと安心できるような何かを早く話してくれよ……!
互いに黙りこくってしまったわずか数秒が、とてつもなく長く感じた。もうこのまま冷たく凍りついて、永遠に身動きが取れなくなるんじゃないか思えるほど、全身が固くなっていく。
「……何ビビってんだよ、俺。しっかりしろ」
自分を鼓舞するように、小声でそう呟く正也。
そう、これは話を聞くのが怖くてガチガチになっている訳じゃない。ほんのちょっと緊張しているだけに過ぎないんだと、自分に何度も言い聞かせていた……その時だった。
「見つけた……」
ふいに耳に届いた声に、正也は反射的に顔を上げてあたりを窺った。
おかしいと感じた。
午後のミサはとっくに終わっているはずだし、教会に向かう道の途中で懺悔の時間の終了を告げる鐘の音も聞いた。そして今、礼拝堂の中を目の届く限り見渡してみたが、誰かの人影どころか気配すらも感じられない。
正也と綾奈以外、ここには誰もいないはずだ。
それなのに、確かに聞こえた。槙村とは全く比べものにならないほどの、不気味な声が。
荘厳で聖なる雰囲気しか纏わないはずの礼拝堂の中、地を這っているかと思うほどに低く、おぞましく、ねっとりと絡みついてくるかのような何者かの声が。
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