第26話



 小一時間後。正也が教会の扉を開くと、礼拝堂の一番後ろの長椅子に座っていた綾奈がそれまでうなだれていた顔をぱっと持ち上げた。


「お帰りなさい、正也さん!」


 まるで主人の帰りを長い事待ちわびていた飼い犬のように、綾奈はいそいそと長椅子から立ち上がり、正也の元へ向かおうとする。


 そんな彼女に、正也は無言のままでゆっくりと近付く。頭の中では自問自答の繰り返しだった。


 こいつに、こんな事を聞いてどうする? どうせ、また「ごめんなさい」で終わるに決まってる。そう、分かってるはずなのに。


「あんたさ」


 そっと唇を動かしてそう話しかけてきた正也に、綾奈はわずかに目を見開いた後で、「はい」とどこか嬉しそうに返事をする。ステンドグラス越しに差してくるオレンジ色の夕陽が、色素の薄い彼女の肌を優しく照らしていた。


「何ですか、正也さん?」

「うん。その……」

「おじさんなら、江嶋さんと奥の母屋にいます。私も一緒にいるようにって言われましたけど、ここで正也さんを待ってたんです」

「何で?」

「正也さんに謝りたくて」


 またか、と正也は思った。


 こいつは、何度謝れば気が済むのだろう。そう何度も頭を下げなければならない事をしでかしたというのなら、謝るだけでなくきちんと説明してほしいものだ。それに信憑性がないと判断できたら、あの槙村とかいう男のヨタ話も笑って流してしまえるのに……。


「何だよ? 今度は何を謝るんだ?」


 先にこいつの話を済ませてしまおうと考えて、正也は学生鞄を持っていない方の空いた手を軽く差し出すような仕草で促す。


 それを視界に捉えた綾奈は、ほっと安心したかのように小さく息を吐くと、いつものように深く頭を下げてきた。

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