第24話
「……は?」
やっとの思いで短い声を出し、正也はゆっくりと目だけを動かして男を見る。そのとたん、あのギョロギョロ動く彼の眼球と視線が重なり、ムカムカとした気持ち悪さが一気に襲ってきた。
「くっ……、何だよあんた」
やっとの思いでそれだけ言うと、男はまるで新しいおもちゃを手に入れた小さな子供のように、実に楽しげに、そして愉快そうに笑いながら答えた。
「これは失礼。私は槙村(まきむら)、しがない元医者でね。自分で言うのも何だが、君の命の恩人さ」
そう言った後、槙村と名乗った男は正也の肩からゆっくりと手を離し、そのまま軽く宙に掲げる。まるで、何かを持ち上げているかのような仕草に見えた。
「懐かしい、実に懐かしいよ……」
くつくつと笑いながら、槙村は続けた。
「あれから、もう十六年か。あの時の君は、私のこの片手に収まるほどに小さく、儚い存在だった。それがここまで大きくなるとは」
「……どういう意味だよ。俺の命の恩人って、あんたいったい」
「ふむ。その様子だと、やはり何も聞かされてないようだねぇ」
掲げていた手を自分のあごへと持っていきながら、槙村は再び正也をギョロギョロと見やる。これから食い殺さんとする獲物を見つめるようなその目はやはり気持ち悪く、正也はこの男と向かい合う事にこれ以上耐えられなかった。
「くっ……!」
強張っていた両足を何とか動かして、正也は再び歩き出した。
一歩ずつ進むたびに男との距離が離れていく。それにほっとしたのも束の間、彼の言葉が容赦なく追いかけてきた。
「君の背中には、大きな傷があるだろう?」
ほんの数メートル先で、再び正也の足がぴたりと止まる。そのまま反射的に振り返れば、正也に向かって杖の先端を差し伸ばしている槙村の姿があった。
「何で、それを……?」
「私がつけたからさ」
宙に浮かせた杖の先端をすうっと動かしながら、槙村が答える。正也は、杖が自分の背中を指している事にすぐ気付いた。
「君は、私の腕に感謝するべきなのだよ」
少し離れた先からでも、槙村の気味悪い笑みはすぐに見て取れた。
「その傷をつけなければ、"君も"死んでいたのだからね」
「え……」
「だが、君のご両親……特に母親の方は、それで満足しなかった。愚かにも、生命の理(ことわり)に背いたのさ。だから、あんな目に遭うんだよ」
母親という単語に、正也の眉間がピクリとうずいた。
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