第22話
†
結局、この日は一日中、正也の気分が上昇する事はなかった。
放課後、通学路の途中で優斗と別れ、教会へと続く道筋をいつものように辿っていくがその顔は不機嫌なままだ。
二時間目の数学の時間に抜き打ちの小テストが課せられたが、何の問題もなく百点を取ったし、その次の時間の体育に行ったサッカーでも華麗なハットトリックを決めた。
いつもだったら心地よい満足感に浸りながら、優斗や他の男子達と一緒に笑い合って一日を過ごせた事だろう。だが、何をどうやったところで、正也の強張った表情筋が緩む事はなかった。
「はぁ……」
これで、本日何回目のため息になるだろう。
昼を過ぎたところで数えるのをやめてしまったので、ますます憂鬱な気分になる。そしてそのたびに、正也の頭の中では「ごめんなさい」を繰り返す綾奈の顔が浮かんだ。
出会ってまだ二日、しかも険悪な空気での会話しかしていない相手の顔が一日中頭から離れないだなんて、いくらなんでもおかしい。彼女に苛立ちの原因を感じてしまっているなら、それはなおさらだというのに。
改めて何故なのかと考えようとした時、ふと正也の耳の奥に残っていた優斗の言葉が蘇ってきた。
『正也はその子がうらやましいんだよ』
……何で、そうなるんだよ。
『おふくろさんをずっと一人占めしてきた、その子がさ』
そんな訳ないだろ。あいつは、何も言わずに急にいなくなったんだぞ。あの子の言ってる事が本当なら、もっと最悪じゃないか。あいつが俺達よりもあの子を選んだっていう、何よりの証拠だろ……。
『お前、本当に家族が大好きなんだな』
当たり前だ。訳も分からずあいつに置いていかれてから、ずっと父さんと二人で支え合ってきた。父さんだけが、俺の家族で……。
『安心したんだよ。正也がファザコンだけでなく、マザコンだって事も分かって』
今朝方見た夢の内容まで鮮明に思い出してしまい、正也は大きく首を横に振る。そして、「違う違う」と自分に言い聞かせた。
「あれはただの夢。我ながら惑わされすぎ」
視線を足元のアスファルト道路へと落とし気味にして、正也の口がブツブツと言葉を紡ぐ。そのせいで、正也はすぐ目の前まで迫ってきている人影に気付く事ができなかった。
「……かな?」
ふと、知らない誰かの声に話しかけられ、どっぷりと自分の思考の中に入り込んでいた正也は、ハッと我に返りながら頭を持ち上げる。すると、目の前に一人の年老いた男が立っていて、正也をじいっと凝視していた。
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