第21話

昼時を少し回った頃である。


 午前中のミサが終わり、ほとんどの信者が帰っていった教会の礼拝堂。その一番後ろにある長椅子に、非常に浮かない表情の小鳥遊綾奈が座っていた。


 結局、あれから正也は彼女の作ったおにぎりに手をつける事はなかった。それどころか、「昼飯はこれでいい」と言って、台所の戸棚の中にあったカップ麺一つだけを持って学校へ出かける始末だ。


 私のせいだと、綾奈はその場でどんどんうなだれる。


(私が、おにぎりなんか作ったから。私が、おばさんの話を始めたから。また正也さんを怒らせてしまった……)


 綾奈の膝の上には、一つの大きいバスケットがあった、その中には朝方に作っていた例のおにぎりが入っており、本当だったらこれを正也に渡すつもりでいたのに……。


「綾奈さん、迷いは晴れましたか?」


 そんな中、長椅子の真横からふいに声をかけてくる者がいて、綾奈はハッとそちらを振り返る。そこには江嶋拓朗が穏やかな笑みを浮かべながら立っていて、彼女を優しく見下ろしていた。


「神父さ、ま……」

「名前で呼んで下さい。私は本来、神父と呼ばれる資格はないのです。この上なく卑怯で、自分勝手な人間なのですから」

「そんな事は……あの、おじさんは?」

「まだ懺悔室の中です。今日は一日、静枝さんの為に祈りたいとおっしゃっていました」


 そう答えると、江嶋はゆっくりとした動きで綾奈の隣に座る。それに緊張したのか、彼女の肩がピクッと震えた。


「迷いなんか、晴れるはずないです」


 少しして、綾奈が言った。


「私のせいで、おばさんがあんな事になって。それなのに、その事を正也さんに話さずにいる事がつらい……! 正也さんをだましているみたいで、すごく嫌なんです……」

「今は耐えるのです、綾奈さん」


 膝の上で抱えているバスケットが、小刻みにカタカタと震えている。その事に気が付いた江嶋は、今にも泣き出しそうな表情を見せる綾奈の両手をしっかりと掴み、その震えを抑えようと懸命になって説いた。


「もう少し。明日が終わるまでの辛抱です」


 江嶋が言った。


「明日さえ乗り切れば、何もかも終わります。静枝さんとその時を迎えられなかった事は非常に悔やまれますが、今は紫藤さんや私がいます。全てが終わった時、正也君に打ち明けましょう。私も一緒に謝りますので」

「江嶋さん……」

「それ、頂いてもよろしいですか?」


 いつの間にか、綾奈の震えは治まっていた。そんな彼女の両手から野太い両腕をそっと離すと、江嶋はおにぎりが入ったバスケットに視線を落とした。


「実は、昼食がまだなのです。腹が減っては戦もできませんからね」

「……戦だなんて。神父様に一番似合わない言葉を使わないで下さい」


 フフッと小さく笑ってから、綾奈はどこか嬉しそうにバスケットのふたに手をかけた。

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