第14話

約二十数分後。正也はさっさと短いシャワーを終わらせ、上半身だけをはだけさせた格好で浴室のすぐ脇にある洗面所の鏡をにらみつけていた。


 我ながら、すごく情けない顔をしているなと、いまだに不機嫌丸出しの表情で鏡に映る自分に辟易する。


 文字通り、眉間にシワが寄っているし、両目の縁が鋭い形に変わってしまっているので、何とか直そうと正也は両手で自分の頬をばしんと叩いた。


 シャワーの熱で火照った頬は敏感になっているのか、叩いた所からジンジンとした痛みが水面を描くように広がっていく。それを一刻も忘れたくて、正也はまだ少し濡れている髪も一緒に、頭をやや乱暴に振った。


「……何やってんだか、俺」


 頭では分かっていたはずだ、あの子に当たるのは見当違いだと。


 それでも、「小鳥遊」という名字を聞いた瞬間に歯止めがきかなくなった。まだまだガキだなと、正也は薄く自嘲を浮かべる。


「寝よ……」


 一晩寝たら、少しはすっきりするかもしれない。


 そう思いながら、正也は洗面台の脇にあるチェストを模した棚かごの上から、着替えのTシャツと一緒に置いてあったスマホを掴む。


 その液晶画面には優斗からのLINE着信を知らせるアイコンが浮かび上がっていて、開いてみれば案の定、こんな軽い言葉が並んでいた。


『えっ、親戚の女の子と同棲すんの!?』

『何だよ、そのおいしすぎる展開は!』

『超うらやましいんですけど~!!』


 ……グチを聞いてもらう相手を間違えたかもしれないと思った。誰が同棲すると言った。しっかり「同居」という二文字を送ったはずなのに。


 はあ、とため息をつきながらLINEを閉じ、Tシャツを着ようと袖を通しかける。その時、ふいに洗面所のドアがノックもなしにガチャリと開き、綾奈が何の警戒心もない無防備な表情で入ってきた。


「はぁ……!?」

「えっ!?」


 洗面所の中で鉢合わせた二人の声が、ほぼ同時に重なる。正也がいたとは思っていなかったに違いない綾奈は、半裸状態で鏡の前に立っている彼の姿を一瞬呆然として見ていたが、すぐに耳たぶまで真っ赤になり、くるりと後ろを向いた。


「ご、ごめんなさい……! お、おじさんが、お風呂に入っておいでって……。まだ着替え中だなんて思わなかったんです……!」


 見れば、その小さな背中越しに見える彼女の両腕には、着替えが入っているのだろうビニール袋が抱えられている。


 とても恥ずかしそうに言い訳の言葉を言い連ねていく綾奈を見て、逆に正也は素早く冷静さを取り戻す。そして、「別に」と短く答えながら、再びTシャツに袖を通し始めた。

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