第12話
「落ち着きなさい、正也君」
足音の一つも立たないほどゆっくりとした足取りで三人の元まで近付いてきた江嶋は、優しく諭すような口調で正也に話しかける。そのまま、静かに彼の肩に大きな手のひらを乗せて、さらに言葉を続けた。
「事情が事情だから、本来ならば私が綾奈さんを預かろうと思っていたんだが、君のお母さんのたっての願いなんだよ。それを無視する事など、私にはできない」
「……いくら江嶋さんの言う事でも、こればっかりは」
納得がいかないといった気持ちを顔いっぱいに示しながら、正也はその場から二、三歩ほど後ろに下がる。
それと同時に、綾奈はそろそろと智彦の背中の向こうから顔を出してきて、強く唇を噛みしめている正也をつらそうに見ていた。
「あの……」
ひゅうっと息を少し飲みこんでから、綾奈が言った。
「……私、一人でも大丈夫です」
「え?」
最初に反応したのは、智彦だった。彼が首をかしげて見下ろしてくる視線を感じながら、綾奈はおずおずと言葉を続けた。
「おばさんに言われていたからって、皆さんにそこまでご迷惑をかける訳にはいきません。私、一人でも大丈夫ですから」
「ダメだ、綾奈ちゃん」
智彦はくるりと全身を振り向かせて、綾奈と向き合う。そして、その細い両肩をしっかりと掴んだ。
「それは絶対にダメだ。もう何も心配しなくてもいいから、おじさんのうちに来なさい。一緒に暮らすんだ」
「でも……」
綾奈は、智彦の身体越しに正也の方へと視線を向ける。正也は、隣で江嶋が何とかなだめようと二言三言話しかけているというのに、あいかわらず不機嫌極まりない表情を見せており、唇を噛みしめたままだ。綾奈の全身がぶるりと震えた。
「ごめんなさい……」
か細い声で謝りながら、綾奈は俯いた。
「ごめんなさい、私のせいで。本当にごめんなさい……」
「綾奈ちゃん、もう謝らなくていいんだよ。懺悔室でも謝り通しだったじゃないか」
「何度謝っても、足りる事なんかありません」
俯いたまま、綾奈は智彦の側で何度も何度も首を小さく横に振り続け、そのか細い声に涙が混じり出す。正也の中の罪悪感が、先ほどより大きくなった。
「何なんだよ……」
舌打ちしたい気持ちを必死に抑え込み、正也はぽつりと呟いた。
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