第11話

「正也」


 綾奈を庇うように、智彦が一歩前へと踏み出す。それを見て、正也が大きな息をついた。


「その子」


 正也が智彦に言った。


「あいつと、どういう関係?」

「母親の事を、『あいつ』などと呼ぶな」

「十年以上、連絡の一つもよこさない奴を母親だなんて思えない。で、質問の答えは?」

「綾奈ちゃんは、静枝(しずえ)の親戚の子だ」


 今度は智彦がふうと大きな息をつき、正也をしっかりと見据えながら答える。そんな父親を直視できず、ぷいっとそっぽを向いた正也は、「……それで?」と先を促した。


「そんな子が、何で父さんと一緒に?」

「うん……、少し事情があってな。母さんに頼まれて、綾奈ちゃんをしばらくの間うちで預かる事になったんだ」


 再び正也の口から「は……?」と悪態に近い言葉が出て、今度こそ綾奈は智彦の身体の影に隠れてしまった。


 まるでいたずらがバレて、後はひどく叱られる時を待つばかりの小さな子供のような怯えぶりを見て、正也に少しばかりの罪悪感が生まれる。


 だが、父親と自分を捨てて出ていった母親と同じ苗字、しかも親戚とあらば、どうしてもそれ以上におもしろくない感情が湧き上がってきて仕方がなかった。


 正也は逸らしていた視線を智彦の方へと戻してから、「俺は反対だ」と告げた。


「どんな事情か知らないし知る気もないけど、何のあいさつもないまま、男所帯の家に女の子をいきなり押し付けてくるなんて、自分勝手にも程があるだろ、あいつ!」

「正也っ」


 たしなめるような口調で息子の名を呼びながら、智彦が鋭い視線をよこしてくる。そこで親子二人は互いをじっとにらみつける格好になった。


 時間にして、ほんの一分足らずではあったものの、やたらと長かったような気がする。そんな時間に終止符を打ったのは、意外にも遠目から彼らの様子を見守っていた江嶋神父だった。

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