第10話
「そんなにじっと見てやるな、正也。失礼だろう?」
「えっ、あ、ああ……!」
智彦の言葉でハッと我に返って、正也は強張っていた身体を一度大きく震わせる。それと同時に智彦は肩越しに少女を振り返り、温和な声をかけた。
「緊張しなくていいよ、綾奈(あやな)ちゃん。あいつがさっき話したおじさんの息子で、正也だ」
「正也、さん……?」
直後、鈴の音のようにとても涼やかで心地いいソプラノの声が正也の耳に届く。正也の胸がどくりと一拍高鳴った。
その声の持ち主は、いかにもそうっといった静かな動きで智彦の背中の向こうから顔を覗かせ、正也の様子を窺う。自然と、彼の視線は少女のそれと重なった。
ずいぶんと、髪の長い少女だった。
うっすらと茶色がかっている正也のものとは違い、さらりと腰元まで届いている少女の髪は艶のある漆黒の色だ。それはステンドグラス越しに届く夕日の光に照らされて、さらにキラキラと輝いて見える。
着ているワンピースと同様に色素が薄く白い肌は、とても滑らかだ。肩口から伸びている華奢な両腕や、ワンピースの裾から覗く細長い両足にはほくろの一つも見当たらず、まるで陶器のように美しい。
かと思えば、その顔つきはずいぶんと幼かった。その小さな目鼻立ちと薄すぎる唇は小柄な体格やソプラノの声によく相まっているのだが、今にも消えてなくなってしまいそうなほどの危うい儚さもあった。
「この人が、正也さんなんですか……?」
少女がもう一度、静かに名前を呼んでくる。その声に大げさなほどびくりと反応してから、正也は「うん」と返事をした。
「紫藤正也です、もうすぐ十六。えっと……」
「あ、はい。小鳥遊綾奈(たかなしあやな)といいます。小鳥が遊ぶと書いて、小鳥遊と読みます。私も今年で十六です」
「は……?」
少女――小鳥遊綾奈がそう答えれば、とたんに正也の表情がしかめっ面になり、本人が思っていたよりもずいぶん低い声が出た。小鳥遊という名字に、心当たりがあったからだ。
しかし、その事を知らない綾奈は突然変貌した正也の雰囲気に驚き、続けざまにおののく。
再び自分の身体の影に隠れそうになった彼女を見て、智彦も息子の様子に気付いた。
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