第7話

正也とその父親が通っている小さな教会は、ベッドタウンの一角で厳かかつ静かに建っていた。


 小さな町にふさわしく、外装はそれほど凝った造りのものではない。


 全体的に丸みを帯びたデザインをしていて、壁に沿って付けられている窓のステンドグラスの色合いも、それに伴うかのように優しいもので統一されている。


 教会の屋根の頂点部分では、大きな十字架と鐘が見える。十字架は特別製だと聞いていただけあって、ずいぶんと大きくて立派だ。そこから少しだけ離れた所に設置された東屋状の屋根に守られている鐘の、ゆうに五倍以上はありそうだった。


 そんな小さめの鐘が、ふいに、カラ~ンカラ~ン……とあたり一帯に音を響かせた。


 条件反射的に正也が教会の屋根を仰ぎ見ると、東屋状の屋根の下で、鐘がゆらゆらとその身を振っているのが分かる。正也の口から、ぽそりと独り言が漏れた。


「今、終わったのか」


 この時間に教会の鐘が鳴るのは、その日受け付けた懺悔が全て終わった事を知らせる合図だ。そして、ズボンのポケットから何気なく取り出したスマホの液晶画面に表示されている時間は、午後六時三十四分。頃合いとしては、ちょうどいいタイミングだった。


 正也の父、紫藤智彦(しどうともひこ)はどこにでもいる一介の中堅サラリーマンだ。


 とある中小企業の営業課長を務めていて、酒や煙草、ギャンブルなどは一切たしなまず、上司や部下からの信頼も厚い。そんな父親が毎日欠かさず行っている日課が、この教会での懺悔だった。


 日々、効率よく仕事をこなし、よほどのトラブルが起きない限り、定時上がりを常としている智彦は、どこにも寄る事なく毎日まっすぐ教会へと向かう。そして、礼拝堂の片隅に位置している懺悔室に入り、神父に己の罪を告白するのだ。


 彼のこの習慣は、正也が物心つく頃にはすでに始まっていた事だが、息子の目から見てもどこか腑に落ちないところがあった。


 優斗の口から言わせれば「お前、ちょっとファザコンの気がありすぎ」といったところだが、それを差し引いたとしても、やはりどこか変なのではないかと思ってきた。


 ずっと品行方正で真面目に生き続けている父親の、いったいどこに懺悔するほどの罪があるというのか……。


 今日もそんな事を思いながら、正也は教会への扉に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る