第5話
ピィ~~~~ッ!
またホイッスルが鳴った。
正也達の次に控えていた数人の男子生徒達が、我先にとプールへ飛び込んでいく。その際、少しの水しぶきがプールサイドにまで跳ねてきて、正也の頭や顔へとかかった。
「おっ。水も滴るいい男って奴か?」
「プールなんだから、濡れるのは当たり前」
水泳帽を無造作に外し、塩素の混じったプールの水を払うかのように正也は濡れた前髪をざっとかき上げた。
わずかに茶色がかっている彼の髪は、乾いていればふわふわと柔らかく優しげにたなびく。そんな正也の仕草を見て、小学校時代からの友人である田崎優斗(たざきゆうと)は少しつまらなさそうに「ちぇっ」と軽い舌打ちをした。
「本当、お前って昔から罪作りな奴。凡人ができない事、何でもさらっとやりすぎ」
拗ねたような事を言ってくる優斗の顔立ちは、正也とは逆でまだまだ幼い面影が残っている。少し低めの鼻の右横に、先日できたばかりの大きいニキビがあって、年相応に気になるのか指先でいじり始めた。
「全く、神様ってのは不公平なもんだよ」
ため息混じりでそう言い放った優斗に、正也は苦笑いを浮かべた。
「そのセリフ、小学校の時から聞かされ続けてもう耳タコ。何度も言ってるだろ、俺はそんなに完璧じゃない」
「苦手分野だとか言ってたこの前の生物の小テスト、九十八点だったくせに。俺なんか、お前の半分以下の点数だったんですけど?」
「そういうんじゃなくて」
正也は右手を伸ばして、優斗の肩口を軽く叩く。どちらも水に濡れているので、ぴしゃぴしゃと独特な音が二人の間に鳴った。
「神様は不公平だっていうお前の意見には、大いに共感するって事」
よく言うよ、と返したかった優斗の言葉は、次の順番を促すホイッスルの音に邪魔をされて出なかった訳ではなかった。
ましてや、正也に「ほら、お前の番だぞ」と急かされたせいでもない。ただ、先ほどと同様……いやそれ以上に、彼が言うとしっくりきてしまうという思いに捉われ、気が重くなったのだ。
「新記録目指せよ、優斗」
それをまるで気にするふうでもなく、正也はからかうような口調で優斗を送り出す。
ゆっくりと立ち上がり、プールサイドからスタート台へと向かい始めた優斗は、少し歩いた所で肩越しにちらりと振り返る。正也はもうそっぽを向いていて、プールサイド脇にある蛇口でうがいをしていた。
優斗は、何度もていねいにうがいを繰り返す正也の背中をじっと見る。
正也の背中には、うっすらとはしているものの、大きな傷跡があった。
肩甲骨から腰のあたりにかけて、まるで袈裟斬りのように一直線に走っている大きな傷跡が。
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