第一章 契約二日前
第4話
ピィ~~~~ッ!
少々甲高いホイッスルの音が、ある高校のプールサイド全体に響き渡る。それと同時に、等間隔に並ぶスタート台で身構えていた数人の男子生徒が、幾重にも揺れる水面に向かって一斉にその身を躍らせた。
その中でもダントツに速いのは、真ん中の第三コースを泳いでいる彼だった。
序盤の頃は他の者とほぼ同列に並んでいたが、最初の二十五メートルで華麗なターンを決めた瞬間、彼は一気に加速した。ほんの数秒ほどで身体一つ分の差を作り出し、自由形のクロールを形成しているその両腕をさらに大きく動かして水をかいていく。
やがて、往復の五十メートルに達した彼は、右手を大きく水面から突き出して、目の前に迫ってきていたプールの端を叩く。すると、プールサイドの方から感嘆にも似たいくつもの歓声が届いた。
「あ~あ、やっぱ正也(まさや)が一番か。他の奴ら、全然勝負にならないじゃん」
セメントだけを打ち付けたプールサイドに濡れた身体を下ろし、半ばあきれたような口調で一人の男子生徒がそう言った。
残念そうに空を仰ぐその視線の先では、もうすぐやってくる夏本番に備えるかのごとく、晴れ渡った青空の中の太陽が猛暑の熱を放ち始めている。どこからか、アブラゼミの鳴き声も聞こえてきた。
そのまぶしさと暑さに、その男子生徒がほんの少しの間両目を閉じていると、先ほど見事な泳ぎを見せてくれた第三コースの英雄がゆっくりとした足取りでこちらへ近付いてくる気配を感じた。
(あっ。じゃあ、この次が俺の番か……)
そう思いながら、彼はゆっくりと両目のまぶたを開き、目の前までやってきていた英雄に向かってニカッとした笑みを浮かべた。
「あんまり大活躍するなよ、正也~。現役水泳部の奴にまで勝っちまったら、またスカウトの嵐が渦巻くだろ?」
「安心しろよ、優斗(ゆうと)。とっておきの言い訳を作ってるから」
「『学生の本文は勉強なんで』って奴だろ? どうしてお前が言うと、全くの嫌味なしにしっくりくるかねぇ~」
「何だ、それ」
照れ笑いに近い笑みを返しながら、第三コースの英雄はゆっくりとその隣に腰かける。名前は、紫藤正也(しどうまさや)といった。
正也は、今年高校に入ったばかりの一年生だ。
二日後に十六歳の誕生日を控えているのだが、去年まで中学生だったとは思えないほど美しく端整な顔立ちをしている。その上、早い時期に成長期を迎えたせいなのか、手足はすらりとバランスよく伸び切っていて、彼の百八十センチを超えるスタイルをより際立たせていた。
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