第57話

『尊の事、覚えているのね…?』


 トーンを落とした気味の悪い声でそう言っていた、あの女の人。あれ…?確か、何か持ってたような…。


 ぐすっと鼻をすすってから、あたしは少し乱暴に目元を拭う。すると、すぐに視界はクリアになって、足元に妹尾の日記の大学ノートがまだ落ちているままなのが見えて…。


「…ああっ!」


 思わず、大声をあげてしまった。


 そうだよ。この大学ノート。あの女の人が持っていたのと全く同じものじゃん!あの人、これを持ってたんだ!


 そういえば、あたしが名前を名乗った時、あの人、ノートをものすごくゆっくりめくって中身を読んでた。あたしの名前もたくさん書いてあるって言ってた…。


 え、ちょっと待ってよ…。ねえ、まさか、そんな…、嘘でしょ、ねえ?


「刑事、さん…?」


 ヤバい、聞かない方がいいなんて思ってるのに、あたしの口は震える言葉をゆっくりと吐き出していった。


「このノートの続き、見つかってるんですか…?」

「…ああ」


 絞り出すように、伊原さんが答えた。


「さっき、現場検証をしてた時、妹尾明美という名の女の部屋からね。君と瀬田恭子さん、そして、亡くなった五人の名前が書かれてあって、妹尾 尊が君達に何をされてどう思っていたかが克明に書かれてあった。それから…」

「え…それからって、他にも何か…?」

「書き寄せの色紙が一枚あったよ」


 そう答えたのは中村さんで、彼の頬にはうっすらと汗が一筋流れていた。


「たぶん、妹尾 尊が亡くなった時、クラスメイトだった君達が書いたものなんじゃないか?大体が月並みな別れの挨拶ばかりだったけど…❝君達❞は違ってた。思い出せるかい?」


 そこまで言われた瞬間、あたしの記憶は一気にスパークした。


 そうだ、思い出した。あたし、あの時…。


 違う、そんなんじゃない!あたし、そんなつもりで書いたんじゃない!あれは、あいつが…妹尾がいきなりあんなふうにいなくなったりするから!!


 ちょっと待ってよ。じゃあ、もしも…もしもあの時、あたしがあそこで妹尾の事を思い出さずに「ごめん」の一言も言ってなかったら…。


『一人目がうまくいったから、次はあなたにしようかなって思ってたのよ。でも、あなたは尊を思い出して、ちゃんとここで謝ってくれたわ。だから、特別にそれで許してあげる…』


 あの時の、女の人の言葉が鮮明に蘇って、耳の奥から聞こえてくる。そんな、そんなのって…!


「…いや、いや、いいぃぃぃやああぁぁぁぁぁ~~~~~!」


 誰よ?こんな気が狂ったみたいに大声で叫んでいるのは?


 それがあたし自身であるって事にあたしが気が付くまで、相当時間がかかった…。

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