第48話



「…何よ、これ」


 一瞬で、あの日の光景があたしの頭の中に蘇ってきた。


 妹尾。あんた、あの現国の時間、そんなに緊張していたの?あたし達と仲良くなる術を必死に探してて、あの「山月記」があんたにとって最大の方法だったっての…?


 押し黙った上に、大学ノートのページをめくる手を止めてしまったあたしの横で、中村さんが「どうしたの?」って不思議そうに首をかしげた。


「ここまでのページを見て、心当たりがないっていうんなら」

「ううん、それはない」


 あたしはすぐに首を横に振った。


「ものすごく、よく覚えてる。あたしが妹尾を大っ嫌いになった記念すべき日だもん」

「いや、記念すべき日って…」

「でも、妹尾は自分が悪いんだって書いてる…」


 それはちょっと違うでしょって、もし妹尾が目の前にいたら言ってやりたい。


 あんたが後からこの日記を書いて自分が悪かったんだって反省するなら、今のあたしだって、あの時の事を心から反省するよ。


 あの時、あたし達はあんたの「山月記です」って言葉に笑っちゃいけなかった。あんたの緊張とか気持ちに気付いてあげられなくても、どっか空気を読んであんたの感想文の出だしを静かに聞いてあげなくちゃいけなかった。


 あたし達があんたの出鼻を挫いてしまったせいで、あんたもあたし達への最初の接し方を間違えたんだ。妹尾、あんただけが悪いって訳じゃなかった。


 あの体育の時間だって、きっとそうだよ。


 あんなふうに扱われたのに、あんたはあたしを心配して近付いてきてくれたんでしょ?


 …どれだけ、勇気が必要だった?どれだけ、怖かった?あんたはすぐにあたしと恭子の側を離れていったけど、本当はもう少し…。


 ヤバい、大学ノートを持つ手が震え始めた。落としそう。


「大丈夫か?」


 あたしの正面に立つ伊原さんが、心配そうに声をかけてきた。


「正直言って、そこから先はもっとキツイぞ?まあ、一部破かれているから最後の最後まではきちんと読めないかもしれないが…」

「…大丈夫です、読みます」


 逃げるもんか。


 この日記が今までの事に対するスベテノハジマリなら、あたしにだって責任があるって事じゃん。


 だったら、最後まで読んでやる!


 あたしは、あの時の妹尾と同じくらいか分かんないけど、自分なりの勇気を振り絞って、次のページをめくった。

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