第44話
「…はい、持ってきましたよ」
だいたい二十分が過ぎた頃、心底疲れたって感じの顔をしながら中村さんが戻ってきた。その腕に、一冊の大学ノートを抱えるようにして持っている。
「全く冷や汗もんだったんですからね?課長がすぐ側で報告書とにらめっこしてたし、それに」
「ああ、分かった分かった。後で何か食わせてやるから、さっさとよこせ」
中村さんの文句には全く聞く耳持たないって感じで、伊原さんが太い腕を差し伸ばしてノートを取り上げようとする。でも、中村さんは身体ごとさっとその腕をかわして、あたしにビミョーな表情を向けてきた。
「…伊原さん、俺やっぱり」
中村さんの腕に力が入るのが分かった。何よ、そんなにそのノートの中身は極秘な訳?
あたしは、中村さんに言った。
「中村さん、そのノートは何?もしかして、誰かが何か書いてたものなんじゃないの?」
「え…」
「…それ、誰かの日記かなんか?」
何でだか、直感っていうの?この時のあたしは、そんなふうに思えたんだ。
見た目は普通の大学ノート。だから、もしかしたらあたしもそうしてきたみたいに、誰かが授業とかで使ってたものかもしれない。
それなのに、あたしの口はまるで何かに導かれるかのように、その大学ノートを一目見ただけで『誰かの日記』だと断定した。
そして、あたしのそんな考えは一ミリも間違ってなかった。
「本当に、つくづく勘のいいお嬢ちゃんだ。…いや、もしかしたら、❝当事者にさせられそうになった❞事の影響があるのかもしれないな」
黙りこくってしまった中村さんに代わるかのように、伊原さんがぽつりとそう言う。そして、何歩か彼に近付くと、その腕から大学ノートを簡単に奪い取った。
「い、伊原さんっ!」
「大丈夫だ、中村。きっと、この子は許されたんだ。だから、今こうして生きている…」
許された?生きている?何それ、何言ってんの…。
そう思うあたしの目の前に、伊原さんが大学ノートを突き出す。あたしはそれを静かに受け取って、表紙の端を指先でつまんだ。
「心して、読んでやってくれ」
伊原さんが言った。
「それは、妹尾 尊君の日記だ。そして、スベテノハジマリを示す品なんだ…」
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