第43話
「ふうん、なかなか勘の鋭いお嬢ちゃんだ。おい中村、お前よりこのお嬢ちゃんの方が遥かに刑事に向いているみたいだぞ」
「い、伊原さんっ!」
ふいに、仮眠室のドアが開いて、そこから一人のおじさんがゆっくりと入ってきた。
伊原さんって呼ばれてたから、この人も菊池先生が元奥さんを殺すところを見たんだろうけど…何だかな、このだらしなく着崩した格好がいかにもおじさんって感じで、正直褒められてもあんまり嬉しくない。
つい、じろじろとおじさんの事を見てしまったけど、そんな事なんか全く気にも留めないって感じで、あたし達の方につかつかと歩み寄る。そして、今度はおじさんがこっちをじいっと見つめてきて、その短く刈り込んだ田舎くさい髪型をあたしの視界いっぱいに映しこませた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
さっきの中村さんと同じ質問だ。一瞬うんざりしたけど、あたしはきちんと答えた。
「大山未知子です」
「そうか、やっぱりな…」
おじさんのその言葉は、確信を得たといった口調に聞こえて、あたしはもちろんだけど、何故か中村さんまで小首をかしげる。
やっぱりって何?どういう事?
あたしが不思議に思っていると、おじさんは少し屈ませていた身体をしっかりと伸ばしてから、今度は中村さんの方を見て、こう言った。
「中村。この大山さんに、例のノートを見せてやれや」
「えっ…例のノートって、あれですか!?」
「ああ、本当は現場に連れて行ってやりてえけど、まだ警官が保存の為に見張ってんだろ。第二捜査室のダンボール箱の中に入ってるから、こっそり持ち出して見せてやれ」
「ちょっ…そんな気軽に言わないで下さいよ!殺人現場からの押収品を、無関係の一般市民に見せられる訳ないでしょ!?万一バレたら、課長にどやされるのは持ち出した俺だけなんですから」
「それが、無関係じゃなかったりするんだな」
そう言って、おじさんはあたしに視線をよこす。それはとても優しくて、とても申し訳なさそうなものだった。
「大山未知子さん」
少しして、おじさんが言った。
「今からこの中村に、ある物を持ってこさせる。それを見たら、きっと君はかなり困惑するし動揺すると思うが…できれば、きちんと最後まで見てくれ。そうすれば、菊池先生の言動も一連の事件の真相も分かってもらえるだろう」
「え…」
「菊池先生の殺人はともかくとして、おそらく逢坂君達の事件はじきに迷宮入り扱いとなる。犯人はもう、永遠に捕まらないからな」
「どういう、意味ですか」
「君には、真実を知って覚えていてもらいたいんだ。亡くなった五人の為に。そして、妹尾 尊君の為に」
妹尾 尊。
❝あいつ❞の名前に、あたしはほんの少しだけ背中が寒くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます