第36話



「友達、か…」


 合わせていた手を下ろしながら、あたしはぽつりとつぶやいた。


 色紙の事を思い出そうとしていたのに、何故か❝あいつ❞と一緒にいた図書室での事を思い出してしまった。


 …今思うと、ひどい事を言っちゃったかな。


 きっと、あの時の❝あいつ❞にとっては、ものすごく大事な瞬間だったんじゃないかなって今なら思える。一言どころか、何回もおしゃべりしてきたあたしが「最初の友達」だって認識できた瞬間だったと思うから。


「それなのに、あたしったら…『気持ち悪っ!』はさすがに言い過ぎだったよね、妹尾」


 そう。あの時、あたしはそうバッサリと言い切って、すぐに❝あいつ❞の側を離れたんだった。何か言おうとしていた❝あいつ❞の姿を見えないふり、声も聞こえないふりして…。


 あの時、❝あいつ❞はいったい何を言おうとしていたんだろう。友達だと思ったあたしに、いったい今度は何を話しかけようとしてたんだろう。


 もし、あの時ちゃんと話を聞いてやってれば、今は全然違ってた?


 もしかしたら、あんたはここで死ぬような事なかった?


 もしかしたら、テレビの向こうにいる恭子を一緒に応援する事ができた?


 今日だって、もしかしたら三崎君のお通夜に一緒に行って、あたし達と一緒に三崎君を思って泣く事ができた?


 もう、絶対にありえない「もしかしたら」が頭の中で何度もリピートされていって、ちっとも治まってくれない。三崎君が死んだ事のショックがそのまま妹尾の事まで響いてしまって、今のあたし、ちょっとした情緒不安定だ。


 だって、ほら。妹尾と話してきたあれこれの事とか、図書室での事とか、まだ思い出せない色紙の事とかが頭の中でごちゃ混ぜになっちゃって、自分でも訳分かんないうちにこんな事を口走っちゃってんだもん。


「ごめん。妹尾、ごめんね…!何かいっぱい、とにかくごめん…!」


 ヤバい、また泣きそう。今度は三崎君の為じゃなくて、悔しいけど❝あいつ❞の為に。


 目尻に浮かんできた涙、早く引っ込んで。こんなガードレールの真ん前で泣いてるのを誰かに見られたら、何て思われるか分かんないよ。良くて酔っ払い、悪けりゃ自殺志願者とか思われるかも。


 早く拭わなくちゃと、あたしは両目の目尻に手のひらを持っていこうとした。その時。


「…あなた、そこで何をしているの?」


 突然、背後から不気味な声が聞こえてきて、あたしはびくりと身体を震わせた後、おそるおそる肩越しにそちらを振り返った。

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