第35話
終業式を明日に控えたその日の放課後、あたしは図書室に立ち寄った。今日中に提出しなきゃいけないレポートの清書をする為だ。
相変わらず利用者が少なくてがらんとしているけど、今日の受付カウンターにいたのはあの時の図書委員で。よっぽどあたしの事が印象的だったのか、あたしの顔を見た途端にぎろりとにらみつけてきた。
「あはは、どうも~…」
「今日は静かにお願いしますね」
苦笑って呼んだ方が妥当と思えるような愛想笑いで軽く挨拶してみても、図書委員のご機嫌はあの時からちっとも変わってないようで。
それがどうしてなのか、あたしはここずっと定位置としてきた席を見て、すぐに分かってしまった。まただよ…。
「今日は僕が先だったね」
あたしが来た事に気が付いた❝あいつ❞――妹尾は、そう言いながら顔を持ち上げてこっちを見る。その両手にあるのは、例のごとく『山月記』。もういい加減、飽きろっつーの!
「別に待ち合わせしてた訳じゃないし。あんたが勝手に来てるだけじゃん」
何を子供みたいに、どっちが早かったとか遅かったとかってこだわってるんだか…。
そう思いながら、あたしは学生カバンの中からノートと筆箱を引っ張り出して、昨夜のうちに下書きしておいた所を開く。
ここをきれいにまとめて書き直せば、レポートは完成だ。これを提出すれば、後は夏休みを待つだけ。もう図書室通いをしなくていいし、二学期までこいつと顔を合わせなくて済む。いろんな意味で、せいせいする!
さっさと済ませて提出してしまおうと、あたしは筆箱の中のシャーペンを摘み取る。それと同時に、妹尾が小声で話しかけてきた。
「あのさ、教えてくれる気になった?」
「何を?」
「何をって…友達の作り方だよ。前に教えてくれって言っただろ?」
…うわ。やっぱり覚えてたよ、こいつ。どうして、こうもしつこいかな。
できる事ならこいつの話なんか無視してレポートの仕上げを進めたいけど、このままだんまりを決め込んでたら、こいつはますますしつこく聞いてくるだけ。で、あたしがそれにブチ切れた途端、またあの図書委員に怒られて図書室を追い出されるっていう負の公式が完成する。
どうしようかって考えてたら、ふと恭子の言葉が頭に浮かんだ。恭子流の友達の作り方って奴。
うん。これなら妥当な答えだし、こいつだって満足するでしょ。そう結論付けたあたしは、言ってやった。
「何か一言、おしゃべりすれば?」
「え?」
「そしたら友達になれるって、恭子が言ってたけど」
さ、もうこれでいいよね。あたしはレポート書かなきゃなんだから!
妹尾が望む答えを言ってやって、あたしはレポートの清書にかかる…けど、何拍かの間が開いても妹尾の反応がない事が急に気になってきた。
何よ。答えてやったんだから、お礼の一言でも言えば!?
そう思いながらノートから顔を上げれば、そこには心底嬉しそうに笑う妹尾がいて。
「何だ…だったら、もう僕には大山さんっていう友達がいたんじゃないか」
と、ぼそりと言っていた。
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