第32話
「そうだね」
息が抜けるような音と一緒に、妹尾の声も聞こえてきた。
「特にあっちの窓際の席なんか、本を読むには最高だと思うよ。ちょうど空調機の真下にあるから、夏でも冬でも快適なんじゃないかな」
「そう思うんだったら、あっち行ってくんない?」
「どうして?僕はここがいいんだけど」
「どうしてって…あたしがあんたなんかと一緒にいたくないから!」
「僕は、大山さんと一緒にいたいんだけど」
…は?
何これ。一瞬、あたしの中で世界が止まった。
今、こいつ何て言った?あたしの耳が正常だとしたら、あたしと一緒にいたいとか言わなかった?
あたしの全身に鳥肌が立った。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
何で?あたしは一緒にいたくないって言ったよね?それなのに、どうして?
昨日以上に全く理解できないし、理解したいとも思えない。あたしは机の上の本やらノートやらシャーペンやらを掻き集めるようにして抱えると、そのままそこの席から離れようとした。
「大山さん?」
妹尾の、どこか戸惑うような声が背中越しに聞こえた。やめてくれる、そんな言い方。今、心の底から戸惑ってるのはこっちの方なんだから!
聞こえないふりして返事もせず、あたしは何歩か歩き出す。そしたら、また妹尾の声が聞こえてきた。
「大山さんに一つ聞きたい事があるんだ。それができるようになったら、僕はもうちょっとマシな奴になれるかもって思えたから」
「…は?」
肩越しにちらっと見てやれば、妹尾は両手に持っていた『山月記』を閉じて、その表紙をじいっと見つめている。心なしか、震えているようにも見えたかも…?
妹尾が言った。
「教えてほしいんだ、その…友達の作り方って奴を」
「何それ?」
「『山月記』の主人公は変わり者である上に自分の境遇に満足できなかった結果、虎に変わってしまったって事は知ってるよね?それでも主人公には、大切な友達や家族がいたんだよ。虎の姿になっても心を許して事情を話せる友達や、将来が心配でならない家族が…」
「……」
「僕は、そんな彼がうらやましいんだ。そう思える相手がいる彼が…。僕にはいないから。早くそんな人達に出会いたいって思ってるから」
「……」
「大山さんは瀬田さんや他の皆と仲いいだろ?だから教えてほしくて…」
あたしは、後悔している。
この時、妹尾の言葉にもっと耳を傾けてやればよかった。もっと親身になってやってたらよかった。ここが最後のターニングポイントだったんだ。
もし、そうしていたら、誰も死なずに済んだかもしれなかったのに…。
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