第26話

菊池先生や逢坂達と別れて、あたしは一人の夜道を静かに歩いていた。明日の三崎君の告別式にも出るつもりでいたから、今日はこのまま実家に戻って早めに休もうと、さっきまでそう思っていたのに。


「あ…?」


 別に、ここに来ようだなんて思ってなかったのに。わざわざここを通らなくてもいい、別の道を選んだってあたしのうちに帰る事はできたのに。どうして…?


 あたしの視界のど真ん中で、二丁目の交差点が夜の闇に染まってどこまでも伸びていた。大きな道路だから、どの時間帯でもたいてい交通量が多いのに、珍しい事に今は車が通るどころか、あたしとすれ違う人影一つ見つける事ができない。おまけに、やたらと静まり返っていた。


 ほんの少しだけ、視線をずらしてみる。そしたら、すぐに例のガードレールとその脇にある横断歩道を見つける事ができた。


 噂を又聞きした程度のものだから、どこまで本当の事か分からないけれど…❝あいつ❞は、このガードレールの横にある横断歩道の手前に立っていて、赤信号にもかかわらず、そのままふらりと交差点に飛び出した。


 ガードレールと横断歩道から三メートルほど離れた場所にはポストがあって、たまたまその時間に手紙の回収に来ていた郵便局の人が第一目撃者だった。直前まで❝あいつ❞と何かしらの会話をしていたらしいその人の証言で、❝あいつ❞は自殺したって事になって…。


「妹尾…」


 来るつもりはなかったけど、ここまで来てしまってそのまま素通りっていうのもどうかと思った。あたしはガードレールの前まで近寄り、ゆっくりとしゃがみこんだ。


 こうしてガードレールと同じ高さで向かい合ってると、何だか神妙な気持ちになる。そしたら、急に前の恭子との会話を思い出してしまって、あたしは思わずこう呟いていた。


「忘れてないわよ、妹尾…」


 そう、忘れてない。忘れられる訳がない。逢坂達はどうだか知らないけど、少なくとも恭子は。でも、あたしは…。


「あんたへ書いたお別れの色紙…あたし、何て書いたっけ。それだけが、どうしても思い出せないんだよね…」


 何故だか、霞がかかったように思い出せないその色紙の事を思いながら、あたしはガードレールに向かってゆっくりと手を合わせた。

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