第25話

「…本当に一人で大丈夫か、大山?」


 あれから小一時間ほど過ぎて、あたしが三崎君の家の玄関を出ようとした時、後を追ってきた菊池先生が静かにそう尋ねてくれた。


 肩越しに振り返ってみれば、菊池先生は靴を履こうと上半身を屈めていたあたしをどこか不安そうな表情で見下ろしていて。あたしは、さっき大泣きしてしまった自分を思い出して、ちょっとだけ恥ずかしくなった。


「大丈夫ですよ、菊池先生」


 本当、久しぶりに大泣きしたものだから、頬の辺りが何だかパリパリしているっていうか…引きつってるって感じ?そんな頬をムリヤリ動かして、あたしは何とか笑顔を作ってみせた。


「来る時も一人でしたし。それに、さすがにお通夜の帰りに、逢坂達と大騒ぎって気分にはなれなくて」

「そう言ってやるな。帰りにファミレスへドリンクバーしに行こうだなんて、傍から見れば不謹慎な提案に聞こえるかもしれないが、逢坂なりにできるだけ明るく三崎を送り出したいという気持ちがあっての事だろう。少なくとも、俺はそう思う」

「本当、菊池先生は変わってませんね。生徒思いなところとか、全然」

「それも言ってくれるな。お前らにはたった二年でも、俺にはもう二年だ。見た目だけでもだいぶ変わっただろ」

「そうですか?」


 …なんて言ってみたけど、確かにちょっと見た目は変わったかもと思ってしまった。中身は高校生のあたしが好きになって告白したあの日と変わんないのに、菊池先生はあの日より少し年を取っていた。


「大山…?おい、大山」


 そんな事をぼんやりと考えていたら、菊池先生があたしの名前を呼んでくれていた事にすぐ気が付けなかった。何度目かの呼びかけで、ようやくはっと我に返るような始末のあたしの目の前では、菊池先生の苦笑いがいっぱいに広がっていた。


「お前、俺の話を聞いていたか?」

「え、その…ごめんなさい」

「全く、もう一度言うのは照れくさいんだけどな」


 そう前置きしてから、菊池先生が言った。


「大山。あれから、いい人は見つかったのか?」

「え…?」

「もし、いい人が見つかったら、必ず幸せになれよ。三崎の分も絶対にだ。徳井ほど焦る必要はないが、幸せを手に入れるチャンスがあれば、絶対に見逃すな。がっちり掴んで決して離すんじゃない、いいな?」


 あたしは、すぐに頷く事ができなかった。


 菊池先生の言ってる事は分かるけど、あたしはまだ、菊池先生以上に好きになれるような人と出会ってなかったから。


 廊下の向こうから、逢坂達の何やら電話をしているような会話が聞こえてくる。まるでそれがBGMっぽくなって、あたしと菊池先生の間を流れてた。

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