第18話
「あっ…!」
「未知子、危ないっ」
身体のバランスを崩しかけた場所にちょうど段差があって、そのまま倒れ込んでしまいそうになったのを、恭子の細い両腕が何とか支えてくれた。あと一瞬遅かったら、確実に顔を地面にぶつけていたかも――そう思ったら、勝手に口から細長い息が漏れた。
あたしの右足の太ももには、大きな火傷の痕が残っている。何が原因だったかはすっかり忘れちゃったけど(今更知ったところで事実は変わんないし)、保育園に入って間もない三歳の頃、あたしの家は火事で全焼した。
火事に遭った時、家にいたのはあたしとお母さんの二人だったけど、ほんの一分か二分、燃え盛る火の中であたしはお母さんとはぐれてしまい、その時崩れ落ちてきたタンスに右足を挟まれて火傷を負った。
さほど大きなタンスではなかった事が幸いして、あたしはすぐにお母さんと助けに来てくれた二人の消防士さんに救われた。その後、Ⅱ度に近い火傷を負ってしまったから、走ったり運動したりがうまくいかないかもしれないとお医者さんに言われたような記憶がうっすらと残っている。
確かに、火傷の痕のせいで時々つっぱったりするから、今みたいに転びそうになってしまう事もある。だけど、あの火事であたしやお母さんは死んでいたっておかしくなかったわけだから、ちょっとよろめいたり運動が苦手になっちゃったりするくらい、どうって事ないと思ってた。
急に動いたり走り出したりしなけりゃ普通と変わんないし、日常生活には全然支障がない。体育の時間はもっぱら見学になる事が多いけど、キャッチボールくらいならできるし…。
「大丈夫、未知子?今日はベンチで休む?」
あたしの火傷の事を知っている恭子が、今度は心配そうな表情でこっちを覗き込んでくる。あたしは何でもないふうに笑って、すぐに身体のバランスを整えた。
「へーきへーき♪ほら恭子、あんたの打順が来るまでキャッチボールの相手して…」
そう言ったあたしの視界に、誰かの手がさっと入り込んできた。その誰かの手にはグローブが握られていて、ああ、渡しに来てくれたんだなと思い、あたしはお礼を言おうと顔を上げて…すぐに押し黙った。
あたしと恭子のすぐ目の前に、❝あいつ❞――妹尾 尊がいた。さっきまで使っていたグローブをあたしに…いや、正確にはあたしの隣にいる恭子に差し出し、さっきの現国の時と同じような口調でこう言ってきた。
「無理せずに見学してなよ。何かあったら皆が騒ぐ。そうなるのは困るだろ、お互いに」
「え…」
「僕はちゃんと言ったからね」
と、妹尾はグローブを恭子の片腕に押し付けて、あたし達の側から離れていく。あたしは妹尾の言葉を何回か頭の中で反芻させてから…またイライラが募っていくのを感じた。
「…何よあれ!悪かったわね、いつも見学ばかりで!!」
ムカつく、本当にムカつく墨汁野郎!!できる事なら、何発でも殴ってやりたい!!
そう思ってイラついてたあたしは、隣で恭子が「妹尾君…」と切なそうに呟いていた事なんて全然気付いていなかった。
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