第5話

ドアに取り付けられている覗き口から、長谷部刑務官はそっと中の様子を窺ってみる。四畳半ほどの窮屈な203室の真ん中に、一人の男がこちらに背中を向け、正座で座っている様子が見えた。


 自分が四十四歳になったのだから、あいつは四十二になったはず。それなのに、どんな時でも愚直な態度を表そうとするその性格は全く変わってなさそうだ。その証拠に、別に強制をしている訳でもない正座を自ら行っているし、雑念を振り払おうとしているのか無機質な灰色の壁をじっとにらみつけている。


 急激に大きな懐かしさが湧き、またそれ以上にこんな事になってとても信じられないという思いが比例していく。


 気が付けば、長谷部刑務官は職務中だという事をすっかり忘れて、203室の中にいる男に声をかけてしまっていた。


「菊池!」


 自分の名前を呼ばれた男は、あまりにも懐かしいその声に、正座をしていたその身を大仰なほど震わせた後、全身で振り返ってきた。そして、大きく目を見開いた次の瞬間には、まるで這うようにドアのすぐ側までやってきて、ふう~…と長い息を吐き出した。


「は、長谷部先輩…ですか?」

「ああ、俺だよ菊池。二十年ぶりになるか?」

「いえ、二十二年ぶりです。最後に会ったのは、先輩の卒業式でしたから…。警察に入ったと聞きましたけど、まさかここにいるなんて」

「大卒って言っても、しょせんは三流大学だったからな。出世は最初から期待してないし、現場が性に合ってる…と言いたいが、さすがに今の状況は戴けねえな」

「あ、はい…」

「お前、いったい何やってんだよ…」


 いや、これもわざわざ聞かなくても長谷部刑務官には分かっていた。目の前にいる男が、何の罪でこのC棟にやってきたのかという事は…。


 それでもなお信じられなくて、長谷部刑務官はその思いを口に出した。


「お前、何やってんだよ…。どうして明美ちゃんを殺したんだ?お前ら、あんなに愛し合ってたじゃないか…」

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